一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
201904 12345678910111213141516171819202122232425262728293031>> 201906
謹賀新年
 
謹賀新年#1


          新年明けましておめでとうございます
     本年が平穏で輝かしい年でありますよう願っております
           引き続きよろしくお願いいたします




私事ですが、この正月でとうとう古希を迎えてしまいました。
市役所から市バスの敬老無料パスの申請書や健保受診時の自己負担が2割になる通知が届いたり、
「いよいよ私も本格的な老人の仲間入りなんだなぁ」 とシミジミ感慨に耽っております。

さて、今年の年賀状はどうしたものかねぇ、と思案しておりました。
と言いますのも、数年前から 『そろそろ賀状発状を取りやめます』 との連絡が同年配の方々から届き、
これも終活の身辺整理の一つかなぁ、とも思うこの頃でありました。
私も儀礼的な行事参加からは徐々に身を引いてゆくのは必然と、多くの会員登録を整理しつつあります。

正月の、半月も一月も前に正月気分でテンションを上げるのも、白々しいとは感じつつ、
しかし、今年は賀状発状停止までは決断できず、優柔不断で過ごしていましたが、
無事に新年を迎えられたご報告のカタチで一部の方々にお送りしようと思い至りました。
ということで、元旦早々に年賀状作成に掛かりたいと思っています。
例年賀状交換をされている方々には、元旦に届かぬという失礼の段お許しを願います。

一里塚管理人が老々介護専従生活に突入して、もう丸5年になってしまいました。
1日の余暇を楽しむこともなかなかままならず、写真のムシが騒ぐことも、、、なくなりました。
この生活変化が 「今さら年賀状でも・・・」 という気分に誘っているのかもしれません。
ブログのテーマ 「写真とカメラ」 の看板が泣いております。

と言いつつも、来る年の始まりというものは、やはり気分の改まるものですが、
行く年には天変地異に見舞われ、世間に目を向けますと自己中政治の嵐が吹き荒れ、
ますます混沌の度が深まって、この先どうなるのかしら、とさえ思えてしまいます。
一休宗純の 『門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし』 を
シミジミと感じ入っておるのであります。

今年もタラタラとブログを垂れ流すことと存じますが、
皆さまには苦笑ものとは思いつつ、肩肘張らずにゆるりと参ります。



テーマ:お正月 - ジャンル:写真

大雨特別警報
台風7号の余波から始まった今回の集中豪雨ですが、
7月4日未明から今朝まで間断なく降り続き、
とても外出できる状況ではありませんでした。

今朝になってやっと小降りになり、雨の止み間も見られるようになりました。
この土砂降りの長雨で、西日本各地で甚大な被害が出ています。
当地でもいまだに2万人を越える住民に避難指示・勧告が出たままです。

これで交通インフラもズタズタ、名神、新名神をはじめとする高速道路は軒並み閉鎖、
近郊電車も殆ど止まってしまいました。
昨日あたりからぼちぼちと動き始めましたが、
土砂崩れで復旧工事未了のところを中心にまだ不通の区間も多いです。

大雨特別警報#1

予報では明朝までは降り続けるとなっていますので、
もう、これ以上激しく降らないこと前提での運転再開とでも言えるでしょうね。
ただ、JRに関してはダイヤ復旧まだ遠しの感がします。

大雨特別警報#2

JRの場合には、不測の事態で列車が止まってしまうと影響範囲が広いために
収拾がつかなくなる事態が容易に想定できますので、
予め運休や間引き運転を予告して実施し、混乱を最小にしようという手法です。
なので、今日のお昼時点でも止まったとこだらけになっています。

それにしても、今回の豪雨は凄かったですね。
当地では地震と豪雨のダブルパンチで往生しました。
”かつてない”とか”何十年に一度あるかないか”とかの災害のようですが、
それにしては希有な災害が頻発するなぁ、というのが素直な感想です。



震災10日
 
震災10日#!


朝食時にドカンと来た最大震度6弱の震災から今日で10日、
停まっていた電車も今日、最後まで残っていた大阪モノレールが平常ダイヤに戻り、
国道の大渋滞もいつもの渋滞状況になって、交通インフラは通常状況になりました。

2~3日は食品や日用品の棚が空っぽになったスーパーやコンビニも、いつもどおり棚が商品で埋まりました。
最後まで残っていた都市ガスも3日前に全通し、電気、ガス、水道も普段どおり使えます。

このように日常生活は表面的には震災前に復旧したかに見えますが、
倒壊、損壊した家屋や地盤の損傷については殆ど手がつけられておらず、
いまだに避難所生活を余儀なくされている被災者が、まだ数百人残っています。
外見では分からない屋内の家具調度品や日用品の散乱に手つかずの家庭も数多く、
屋根にブルーシートをかぶせて当面の雨露を凌いでいる家屋も多く見かけます。

ところが、地震発生から数日内に掛けられた屋根のブルーシートについては、
補修が進んで撤去される気配が一向に見えません。
聞きますと、『業者に頼んでるけど、順番待ちで来月半ばまで待たんといかん』とか
『業者に頼もうにも、先にお金を工面せんといかんから、手を上げられへん』とか、
身につまされる事情があって、長期戦になりです。

ブロック塀が倒れて惨事となった小学校や市内の小中学校では、
早速一気呵成にブロック塀撤去の工事が始まりましたが、それ以外は後回し、
一般住居までは見回りにも来ません。
どうしても置いてけぼりが出てしまう現実、復興・復旧というのは一筋縄ではいきませんね。


FUJIFILM FinPix F550EXR


地震雑感
読者の皆さまからたくさんのご心配とお見舞をいた炊き、感謝しております。
生活インフラに関しましては、
一昨日19日の夕方に、それまで断水寸前まで下がっていた水圧が戻ってきて、水道の給水が復旧しました。
昨夜には都市ガスの供給が再開され、レンジや風呂が使えるようになりました。

まだ、普段使っていない部屋の中はとっ散らかったままですが、
おかげさまで普段の生活ができるようになりましたので、
お見舞い下さった皆さまにお礼申し上げ、ご報告いたします。

ただ、今回(も)痛感したのが、インフラ供給事業者の広報怠慢でした。
水道水圧が低下しても、ガス供給がストップしても何の告知・連絡も無く、
TVなどの報道を通じて状況を知るしかありませんでした。
これで広域情報は十分に得られますが、肝心の地域情報は得られません。
『一部地域で広範に供給がストップしています』、『26日を目処に鋭意努力中』は分かりますが、
その”一部地域”がどこで、我が町の状況と進捗がまるで分からないのです。

サポートダイアルに電話しても通じないか、通じても『HPでお知らせしています』の音声案内だけ。
HPを参照しに行っても告知がメニューになく、あるはずの地域毎の告知にたどり着けません。
結局”水道がチョロチョロしか出ない”、”ガス供給が止まっている” という現状把握しかできませんでした。

実際の現場が復旧作業で大童、とてもサービス対応できない事態は分かりますし、それは求めません。
しかし、大組織のオフィスはそのサポートのためにこそ存在意義を示す存在なのに、残念ながら姿が見えませんでした。
ガスの遮断に関しては知らぬ間に一斉に町内各家庭の元コックを閉められていて、
「ああ、いつの間にか閉められてるなぁ、、、工事してるのか・・・」と推察するのみです。
復旧、供給再開については原則は戸別の立ち会い確認ですが、一切連絡も立会も無く、
町内の近所筋で「どうやらガスが通ったみたい」という話になってやってみたら「出た」という次第でした。
元コックを開けて供給再開ボタン操作をするというのは、なかなか素人ができるものではありません。
私も近所の高齢家庭に声をかけてガス供給再開の操作をしてあげましたが、
震災という非常時だから仕方なかったとは言え、顧客サポートに対する姿勢というのが垣間見えた事態でした。
普段は頻繁に”新製品・サービスの案内”やら”機器更新の勧誘”やらをやって、電話勧誘や戸別訪問してくるのに、
一番必要な今回は、いまだに一度も声かけはありません。

事業者の事業や顧客に対する基本姿勢がよく見えた非常時でありました。

水道は復旧したものの、まだ都市ガスが遮断されたままの地域もあり、
家屋や地盤に損傷があって不安な生活を強いられている方々も多く見受けられます。
余震の不安もまだまだ残っており、社会的な不都合が露呈したままのところもあります。
まだまだ気を緩められません。



震度6弱
皆さん、先ほどの地震でお気遣いありがとうございます。
取り敢えず確認したところ、家自体は無傷で無事、怪我もしておらず、
ご近所にも声をかけて確認しましたが、取り敢えずお体に支障なく無事の模様です。

どうやら当地が震源地のようです。
初めて災害広域放送の警報音を聞きました。
家の前を走る阪急電車は運休中の模様、緊急車両が走り回っています。

阪神淡路大震災の時のような地鳴りのごとき予兆もなく、突然の”ドンッ”でびっくりしました。
立ち上がれないほどの短周期の揺さぶられでしたが、時間は短く、すぐに落ち着きました。
多分直下型だろうなと思わせる地震でした。
棚のものが落ちで、ガラスや瀬戸物の割れ物が散乱していますので、まずはその片付けです。
電気、ガス、水道のインフラも生きていますので、まずは散乱した室内の片付けに掛かります。

まだ小規模の余震を断続的に感じますが、取り急ぎ無事のご一報まで。


==========  続報 2018.6.18 13:30  ==========

第一報レポートのあと、母が入居している施設の様子が気になりましたので駆けつけて見てきました。
取り敢えずエレベーターが停まっただけで建物にも入居者にもスタッフにも問題なし、ということで一安心。
地震発生時、ちょうど朝食中だったとかで食器や食材が散乱し、スタッフは掃除に大童でしたが、
皆さんちょうどロビーに集まっていたので、お仲間同士で気遣って落ち着いておりました。
母も 『怖かったぁ』 と言っていましたが、皆さん一緒で心強かったのかパニックにはなってなかった様子、
取り敢えずなだめて安心させ、スタッフの邪魔にならないようにあとを託して帰ってきました。

往復で通った国道は大渋滞になっていまして、我が家の前も逃げてきた車がひっきりなしに通っています。
町内のご近所でも、屋根の瓦が落ちたり、ブロック塀が倒れたり、
無住の空き家では確認ができるまで規制線が張られたり、傷跡は散見されますが、
人的被害は出なかった模様で、取り敢えず一安心です。

帰宅して気付いたのですが、都市ガスが止まってしまっていました。
          ※ 夜になっても開通しません。 報道では開通まで数日かかりそうとか・・・
          ※ 水道も徐々に水圧が下がってきています。 報道では近々断水になりそうとか・・・
どうやらこの一帯のガス供給が停止している模様です。
大阪ガスに確認しようとしましたが、電話は通じず、HPも混雑で参照不能です。
復旧するまで諦めないと仕方ないですね。
汗だくで片付けてるのに、今晩の風呂やシャワーはどうかなぁ・・・・泪

震度6弱#1

震度6弱32

今朝の地震は発生が7:58、震源の浅い直下型でM6.1だとか、震度は6弱という強烈なものでした。
防災地図を見ますと、震源地は我家から1Km程度に見えますので、ホントに足元ですね。
突然鉄材を積んだトラックが転倒したときのような「ガッシャ~ン」という音と突き上げる振動があり、
それに続いてシェーカーを振るような忙しい横揺れが15~20秒あって、一旦治まりました。
それからは、いまだに15分おきくらいに何とか身体に感じる程度の余震が続いています。

取り急ぎ、危険なガラス片や陶器片を片付け、掃除機とコロコロで安全を確保、
散乱した雑品を片付けて生活空間を確保しましたが、
今や物置と化している2階のカメラや書籍が堆い山となっており、
倒れた壁ラックのオーディオ機器類も手がつけられない状況です。
この片付けができるかしら、と心配になります。

この時間になってひっきりなしだった緊急車両の走り回る喧噪やヘリコプターの飛び交う音は徐々に治まってきています。



謹賀新年
 
     皆さま、謹んで新年のお慶びを申し上げます
  本年が平穏で過ごしよい年でありますよう願っております
      昨年に引き続きよろしくお願いいたします



謹賀新年



当地の今冬は久しぶりの厳冬になっております。
猛暑日続きの夏が過ぎた途端に、秋かなぁと感じる間もなく寒気に襲われ、近年希なほど短い秋でありました。
まさかこのまま冬にと思っているうちに、いつしか本気の冬になってしまいました。

一里塚管理人は老々介護生活に突入してもう丸4年、
昨年早々には施設入居させざるを得なくなり、遂に単身生活となってしまいました。
家事に追われることは少なくなりましたが、些事には追われております。

浮かれて新年を祝うほどには、この先の光明はまだ見えてきませんのですよ。

この正月で私も齢69になりました。
昔風の数え歳で言いますと古希、70歳になります。

小林一茶の句 「めでたさも  中くらいなり おらが春」 が、
一休宗純の 「 門松は冥土の旅の一里塚  めでたくもあり めでたくもなし」 が、
何となく腑に落ちる気分がいや増してきておるのですよ。

で、この正月からは元々個人的に関心の薄かった正月行事を大胆にカットしました。
・ 門松、正月飾り、鏡餅などの飾り立ては一切なし
・ おせち料理やお重、おとそなどの用意も一切なし
・ 年越し蕎麦は、元々小腹押さえの習慣でしたので、スーパー特売のどん兵衛で済ませました
・ 初詣は元々その習慣がないので、勿論予定なし
・ 年賀状は年々出状数を半減させており、今年はピーク時の1/5程度になりました
などなど、普段どおりの生活に近づけましたら、案外快適ですよ・笑



謹賀新年
 
謹賀新年#1


       新年明けましておめでとうございます
  本年が平穏で輝かしい年でありますよう願っております
        引き続きよろしくお願いいたします




来る年の始まりというものは、やはり気分のよいものです。
行く年には天変地異が多発し、世界政情不安やテロで世間が揺れ動き、
個人的には老々介護に追われ、あれよあれよという間に過ぎてゆきました。
年々時の過ぎるのが早くなっているように感じますが、
これはあながち歳のせいばかりではなく、世の中が動き出したということか・・・
この正月を期に心を引き締め、脇を固め、一日一日を大切に過ごしたいと思っております。

一里塚管理人の老々介護生活も、もう丸3年になってしまいました。
1日の余暇を楽しむこともなかなかままならず、写真のムシが騒ぐことも、、、ないなぁ。
このブログのテーマ 「写真とカメラ」 の看板が泣いております。

毎年 「今年こそ・・・」 と申し上げてはおるのですが、その ”今年” が来るのはいつになるでしょうか。
・・・さてさて、そうは言っても詮無いこと、引き締めつつも、肩肘張らずにゆるりと参りましょうかね。




謹賀新年#2
冷え込んだものの今朝の天気は晴、穏やかな新年を迎えました。
遅い夜明で初日の出を拝もうか、と東南の方向を眺めますと、結構低い位置に雲がかかっていて何となくモワァ・・・・。
この雲と、近年南方に増えてきたマンション群などに邪魔され、どうも見かけの風情がよろしくありません。
それでも待つこと暫し、一瞬、北の窓が明るくなったので覗くと、
目の前にある阪急電車の高架橋に朝陽が差し、実に眩しい朝焼けになっていました。
通りかかった電車も朝の直射を受けてキラキラ光っています。

阪急電車は大晦日から終夜運転、京都に向かう初詣客をせっせと運んでいました。
この梅田行きの電車にも、初詣を終えて微睡んでいる乗客が乗っているのでしょう。
初日の出を受けてオレンジに染まったこの高架橋を、私はご来光代わりに拝んだのであります。
まずまず穏やかな元旦でありました。

< 2017. 1. 1.朝 追記 >


テーマ:お正月 - ジャンル:写真

謹賀新年
 
謹賀新年2016#1


     皆さま、謹んで新年のお慶びを申し上げます
  本年が平穏で輝かしい年でありますよう願っております
      昨年に引き続きよろしくお願いいたします




当地の今冬はかつて経験しなかったほどの暖冬になっております。
猛暑日続きの夏があっけなく過ぎて秋が訪れ、近年希なほど長い秋を感じていたら、もう冬なの???
暖冬は馬齢を重ねた身にはありがたくもありますが、この先どう展開するのでしょう。

そう言えば、アベノミクスという言葉も聞く機会が減りました。
流行語の盛衰ゆえ、というほど軽い言葉ではなかったはずではありますが、
もう ”昔の言葉” になってしまったのでしょうか。
年金生活者には、国家財政基盤というのも気がかりなのであります。

一里塚管理人は老々介護生活に突入してもう丸2年、
家事に追われて1日の余暇を楽しむこともなかなかままならず、
写真のムシが騒ぐことも無くなってきました。

浮かれて新年を祝うほどには、この先の光明はまだ見えてきませんのですよ。

毎年 「今年こそ・・・」 と申し上げてはおるのですが、
その ”今年” が来るのはいつになるでしょうか。
イヌの遠吠えに終わらぬよう、気を引き締めなおしましょうか。



ちょいと休憩
 
ちょいと休憩#1


ちょいと忙しくなってきましたので、
暫く、多分数日休載させていただきます。
皆さんのサイトへの訪問も、サボります。



20年

20年#1
CANON EOS 1nRS / SIGMA AF 12-24mm F4.5-5.6 EX DG HSM / NEOPAN 400 PRESTO


20年前の今日、1995年1月17日の5:46に阪神淡路大震災が発生しました。
まだ夜明け前の寒い朝に突如襲った大激震で未曾有の大災害となってしまいました。

高槻の我家でも、家その物は無事だったものの、押し入れの襖を突き破って押入箪笥の抽斗が飛び出し、
家中のペンダントライトが暴れて粉々になり、家具や家財が各部屋の真ん中に集まって積もりました。
てっきり直近が震源地と感じたのですが、実は淡路島、それで神戸の断層が動いたことを後で知りました。

訳も分からず右往左往していた8時前、幸い停電が回復したのでTVをつけると、
見慣れた神戸や阪神地区の惨状がヘリからの実況画面で映し出されて愕然としました。
それから半月ほどで、何人かの友人・知人をなくしたことを新聞の被害者告知で知りました。
また、何ヶ月かかかって、被災したものの無事生き延びた友人・知人の消息も確認できました。

あれから20年、見た目はすっかり復興した神戸市街ですが、
以前ご紹介した鉄人28号広場のある新長田のように、街の姿が変わってしまったところも多々、
いまではその傷跡を確認できるところは、この写真にあるメリケン波止場跡の祈念モニュメントなど、
当時を保存したり碑を建てた場所くらいになってしまいました。

ここまで復興を成し遂げたことは喜ばしいところですが、街や建物などインフラはほぼきれいになったけれど、
20年歳を重ねた高齢者を中心に、あの時全てを失って生き延びた人は救い切れていません。
震災は過去のこと、復興が済んだ、とはまだ言い難く、長い道のりの途上とも言えます。

見た目はきれいになりましたが、この日が巡ってくると、つい昨日のことのように鮮明に思い出されるのです。
この気持は毎日の生活の中では薄まってきましたが、この日が巡ってくる度に一生残ってしまうでしょうね。



テーマ:港の風景 - ジャンル:写真

copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.