一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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姉小路の名筆4
姉小路通お終いはこちらのお茶屋さん「山定」、
こちらは比較的新しい看板で、どなたの筆になってるのか分かりませんが、
私の好きな字体なので・・・・ (^^ゞ
(1) 姉小路の名筆4#1 (2)  姉小路の名筆4#2

いよいよ寺町通に入ってきます、今度は姉小路上ル下ル、三条から御池にかけての看板を拝見しましょう。

まず見逃せないのか寺町通姉小路下ル「鳩居堂」の看板、鳩居堂といえば地価日本一の銀座が有名ですが、
こちら京都でも書家には欠かせない老舗でありますよ。京都と東京は同系二法人になってるようですね。
さて、この看板はいかにも老舗風でありますが、銘については確認できませんでした。スイマセン。
(3) 姉小路の名筆4#3

鳩居堂のすぐ横に洋菓子の老舗「桂月堂」があります。
ここの看板も富岡鉄斎の筆で、銘も刻まれていますね。
我々庶民にはこの桂月道のロールケーキが至福の味となっておるのですが、
こちらの「瑞雲」はパイ生地で作られた小さなお好み焼きみたいな見かけのもので、
なんと昭和3年の昭和天皇御即位御大典に際し創作された特製の洋菓子です。
現在も宮内庁や各宮家より御用命を賜る栄光の御用達銘菓です。
(4) 姉小路の名筆4#4

こちらは「とり市老舗」、この看板には銘がありますが、私の眼力では解析不能・・・
老舗の鶏肉屋さんですが、こんなんもあるよぉ、ということでご容赦下さい。 
(5) 姉小路の名筆4#5

三条通との交差点にある牛肉屋さん「三嶋亭」です。
看板は新しいのですが創業明治6年の文明開化と同時に開業された老舗であります。
昨年三条通を暴走してきた車が突っ込んで店を壊されたことで一躍有名になりました。
(6) 姉小路の名筆4#6

トリを飾るのは、、、ここ!
こちらも寺町通と三条通の交差点にありますが、ご愛敬ということで・・・ (^^ゞ
(7) 姉小路の名筆4#7

実は、今回の探索で姉小路から上がる方に行くのを忘れました。
1軒、落としてはならないお店があるのですが、申し訳ありません。
御池通との角にある和菓子の老舗「亀屋良永」、ここの看板は武者小路実篤の筆で、
実篤の最晩年、昭和30年代末頃の80歳頃の筆となっているものであります。
撮り忘れてしまいましたので、そのうち思い出して撮りましたらご紹介したいと思います。

そして、ここには私の行きつけの昔ながらの喫茶店があり、とてもいい雰囲気なのですが、
ナイショのアジトにしておりますので、、、、ヒ・ミ・ツ (笑)

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姉小路の名筆3
こちらの2軒、絹屋の里村商店と味噌醤油の市古商店の看板も立派なものです。
特に誰の筆という謂れはないようですが、この風格には思わず見とれてしまいます。
(1) 姉小路の名筆3#1 (2)  姉小路の名筆3#2

姉小路通を大分東進して麩屋町(ふやちょう)まで来ました。
この交差点の北西角にあるのが知る人ぞ知る平野とうふ店です。
こちらはいまでも手作りのとうふに拘っていまして、近隣の料亭が仕入れに来ます。
午前中の在庫のある時でしたら私らが行っても売っていただけますよ。
ここの木綿豆腐も絹ごし豆腐もやっこや湯豆腐でいただいたら絶品であります。
(3) 姉小路の名筆3#3 (4)  姉小路の名筆3#4

平野とうふの筋向かいにはこのようなアパートもまだ残ってますよ。
お風呂は高倉通六角下ルの銭湯に行っていただきます。家賃はどれくらいかな?
(5) 姉小路の名筆3#5

麩屋町通を通り過ぎると右手に「斎雲堂」が見えてきます。
ここは日本画の絵の具専門店で、京都の画壇名士達の贔屓にする老舗です。
この書も富岡鉄斎の筆になります。鉄斎はこの一筋南の三条通の法衣店に生まれた地元の名士です。
鉄斎は嵯峨野車折神社の宮司をやり、南画家としても高名な明治・大正期の巨匠であります。
気さくな方でもあったようで、頼まれれば気軽に屋号など書いてやったと言われています。
(6) 姉小路の名筆3#6

そろそろ御幸町(ごこまち)、寺町通はもうそこというところまで来ました。
ここには私が子供の頃からおなじみの「河道屋」があります。
♪河道屋ぁのそばぼぉろ♪というコマーシャルソングを暗唱できるくらいラジオで聞きましたよ。
和風クッキーとでもいいましょうか、そば粉をふっくらと、堅焼きにした御菓子は誰でも知っています。
正式には「河道屋本舗蕎麦ほうる」と言うようですね。元々は麺類一般のお店です。
(7) 姉小路の名筆3#7 (8)  姉小路の名筆3#8
この書は明治末期に京都山科で托鉢と奉仕に尽くした宗教家で、西田天香(にしだ てんこう)という方の筆です。
西田は二宮尊徳の報徳思想に共感し、京都鹿ヶ谷、後に山科に一灯園を開き、
本部光泉林,諸学校施設などをもった共産的多数世帯の大家族的生活を実践しました。

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姉小路の名筆2
さて、も少し歩を進め、京都文化博物館を右手に眺めて通り過ぎると
高倉通、堺町通にさしかかってきます。この通りには名もない町屋が数多く残っています。
昨日は弩級の看板が並びましたので、今日は名もないものを並べてちょいと休憩します。
(1) 姉小路の名筆2#1

上の写真は高倉通を御池通に向かって上がる方向ですが、
四条の方に下がって行くとお風呂屋さんがあったり八百屋さんがあったりと庶民の町になります。
とりあえず今日のところは上がる方にあるお家を・・・
(2) 姉小路の名筆1#2  (3) 姉小路の名筆1#3

(4) 姉小路の名筆1#4  (5) 姉小路の名筆1#5

少し進みますと、「○仙洞」なる看板を見つけました。○は読めません・涙
それなりの筆であるのは分かるのですが・・・・・これは資料を探しても出てきません。
(6) 姉小路の名筆1#6  (7) 姉小路の名筆1#7

この通りには旅館もあるんですよ。
こういうところで一泊してみるのも乙なものではないでしょうかね。
ところでここは、、、、一見でも泊めてくれるかしらねぇ???
(8) 姉小路の名筆1#8


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姉小路の名筆1
姉小路、これを「あねやこうじ」と読みます。「あねこうじ」でも「あねしょうじ」でもありません。
京都の地名はややこしいですね。まぁこれはどこに行ってもその地方独特の読み方がありますので、
ある程度歴史とか方言を理解していれば何とかなる場合もあるのですが・・・

さて姉小路は三条通の一筋北側、御池通の一筋南側にあり、細いなんの変哲もない路地に見えますが、
拡幅された御池通と比較するから狭く思うだけで、三条通と道路幅は変わりません。
東は寺町通から西は西大路を突き抜けて太子道に突き当たるまでの東西幹線で、平安京の頃からの道筋です。

この通り沿いには観光的な名所というのはありませんが、老舗の店舗が沢山あり、シックな趣を醸しています。
特に烏丸通から寺町通までと寺町通姉小路上ル下ルの店舗には仰天の名筆看板が並んでいるんです。
それを何回かでご紹介しますので、機会がありましたら露店美術館を一度ご覧下さい。
これだけまとまって見られるのは京都でもここをおいて他にはありませんよ。

烏丸通から姉小路通にはいるとすぐに北側にこのお店が見えます。
「御菓子司亀末廣」という京菓子の老舗です。
姉小路の名筆1#1

このお店の看板は檜の一枚物、この書は山本竟山(やまもと きょうざん)筆になるものです。
山本は大正時代の書道家で、かの湯川秀樹博士も山本の弟子であったそうです。
看板板の回りにブツブツ穴が開いていますが、これは古い和菓子の木型を額縁に見立てたんだそうです。
姉小路の名筆1#2

そのすぐそばには老舗の表具屋「春芳堂」があります。
軒上の看板は明治大正の京都画壇の重鎮竹内栖鳳(たけうち せいほう)の筆です。
春芳堂は竹内お抱えの表具屋というご縁でこれを書いたようです。
軒下にかかる小さめの看板は、これがなんと富岡鉄斎(とみおか てっさい)の筆であります。
姉小路の名筆1#3

今日のラストは「柚味噌」、この看板は北大路魯山人の筆でありますよ。
この看板は実は模刻でホンモノは大切に店内に展示されているとのことです。
ホンモノは魯山人自らが彫ったものだそうで、多彩な芸術家の一端を伺わせます。
姉小路の名筆1#4

今日のご紹介分は姉小路通を烏丸通から東に100mほど入っただけであります。
まだ姉小路通ギャラリーは500mほど残ってますよ。 (^_^;

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姉小路烏丸
♪丸竹夷二押御池、姉三六角蛸錦・・・
京都の烏丸通を歌とは逆に四条から上がって三条通を過ぎた次の通り、姉小路に行く予定にしています。

三条烏丸では(1)のようなレトロビルがでんと構えています。
これはレプリカで再建したものですが、みずほ銀行の支店として現役で使われています。
この位置から北を見ますと、姉小路に入りますよという看板が目に入ります。
(1) 姉小路烏丸#1 (2)  姉小路烏丸#2

その姉小路通に入る直前、烏丸通に面したビルの一角はこんなにモダンな空間に変わっていました。
そのパティオではイタリア人のおばちゃんが可愛い系グッズの屋台を出していました。
こんなとこに来るやついるのかと思いましたが、結構入れ替わり立ち替わり人が出入りしていました。
(3) 姉小路烏丸#3 (4)  姉小路烏丸#4

交差点の角を回って姉小路に入りますと、上のモダンな空間はこのレトロビルを利用したものだと分かりました。
烏丸側からだと超モダン、姉小路側からだとレトロ、二つの顔を持ってるんですねぇ。
(5) 姉小路烏丸#5

京都中心部ではこのあたりの変わり方が案外激しいのかも知れません。
言ってみれば新開地ですな。一筋北の御池通に地下鉄が通ってから変わり方が激しくなってきています。
ここは姉小路烏丸の交差点ですが、西側では何か工事していますね。次に来た時には別の景色になってるかも。
(6) 姉小路烏丸#6


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四条大宮
嵐電に乗って終点まで来ました。四条大宮は嵐電嵐山線の始発駅です。
四条大宮は四条通と大宮通の交差点、ここに私鉄駅は2つあります。
交差点の南西角には嵐電の四条大宮駅、対角の北東角には阪急電車の大宮駅があります。
嵐電は1910年の開業、阪急は1931年の開業で1963年に阪急烏丸・河原町延長まではここが京都終点でした。
昔はこの交差点を京都市電が走り、トロリーバスが走り、北西には市電壬生車庫がありと非常に繁華な所でした。
両駅舎とも駅ビルに建替えられていますが、内部には往時の余韻を残しています。
(1) 四条大宮#1  (2) 四条大宮#2

交差点北西角にある交番は観光シーズンには旅行案内所と化し、応援の警官がやってきます。
(3) 四条大宮#3

嵐電四条大宮駅の構内です。
私が乗ってきた電車の乗客を降ろしたあと、運転手が見回ってチェックしていました。
(4) 四条大宮#4  (5) 四条大宮#5

こちらは阪急大宮駅のホームです。
この地下駅は作られた当時の姿がそのまま残っていますので、構内は古めかしくて暗いです。
河原町延長開業まではここが終着駅で、全ての電車が大阪へ折り返していましたが、
河原町開業後は客数も減ってゆき、現在では一部の特急はここを通過しています。
ちょうど河原町行きの準急が入ってきました。
3月のダイヤ改訂で余りに停車駅が増えた急行が廃止となり、準急に格下げになりました。
四条大宮#6


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嵐電太秦広隆寺
広隆寺や太秦映画村の最寄り駅は嵐電(らんでん:京福電鉄嵐山線)の太秦広隆寺駅です。
実はこの駅2007年3月19日に駅名変更になった新しい駅名で、旧駅名は「太秦(うずまさ)」というシンプルなものでした。
この日には複数駅名が変更になり、観光路線として初めての人にも分かりやすいように改称されました。
  西大路三条 ← 三条口
  太秦広隆寺 ← 太秦
  車折神社 ← 車折(くるまざき)
  嵐電嵯峨 ← 嵯峨駅前
  竜安寺 ← 竜安寺道  (北野線)
  御室仁和寺 ← 御室  (北野線)
  宇多野 ← 高雄口  (北野線)
嵐電嵯峨はともかく、それ以外は旧称の方が簡潔で馴染みがあったんですけどねぇ。
慣れの問題だとは思うのですが・・・・

(1) 嵐電太秦広隆寺#1

(2)の写真、三条通を西から東に向かって撮っていますが、正面突き当たり右側が嵐電太秦広隆寺駅です。
突き当たり左側に商店街のような細い道が見えますが、これが元々の三条通です。
この先、蚕ノ社駅までは道路と線路は別々に走りますが、そこでまた合流して併用軌道に戻ります。
三条通は洛中から西進して天神川のところまで真っ直ぐにきますが、そこから西北方向への斜めの道になり、
途切れ途切れで西に来ていた、もとの二条通があったはずの東西の道路と合体してしまいます。
(2)で見えている細い道路が、その二条通の延長線上にある三条通、太子道です。
この広隆寺の前だけ線路が併用軌道になっていて、道幅が広くなっています。
(2) 嵐電太秦広隆寺#2

太秦広隆寺駅を出た電車が嵐山に向かって併用軌道を走ってきました。
観光客が多い休日の昼間などでは臨機応変に電車を増結し、2輛編成で走っています。
見てのとおり、電車、自動車、自転車、歩行者がゴチャゴチャと入り交じっていますが、
皆さん慣れているので適当に譲り合って往来しています。
ここを過ぎたら嵐山方面ではまた専用軌道に戻り、三条通(とその延長道路)とほぼ並行しながら嵐山に向かいます。
(3) 嵐電太秦広隆寺#3  (4) 嵐電太秦広隆寺#4

今度は嵐山から四条大宮行きの電車がやってきました。この電車は増結なしの単行ですね。
チンチン電車がそのまま大きくなったような路線ですが、線路は見てのとおり高規格でよく整備されています。
線路も道路(三条通)も不自然に北側にウネっと曲がっていますが、これは比較的新しい道筋で、
(4)(5)画面の左側に本来の三条通が細い路地で真っ直ぐに伸びています。
(5) 嵐電太秦広隆寺#5  (6) 嵐電太秦広隆寺#6

とりあえずプチ鉄ちゃんもしましたので・笑、満足して四条大宮に戻ります。
駅には四条大宮行きの電車が入ってきました。
ラッピング広告電車も走っていますが、一般塗装の電車も沢山走っています。
主に北野支線ですが、日曜祝日にはレトロ復刻電車も一般ダイヤで走ってますよ。
(7) 嵐電太秦広隆寺#7


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広隆寺
桂宮院のある広隆寺は嵐電の走る三条通の北側にあり、このような立派な山門ですぐに分かります。
山門の向かって左手に大きな「聖徳太子殿」の石碑があります。
この広隆寺の北側には東映京都撮影所があり、「太秦映画村」として一般に公開されています。

(1) 広隆寺#1  (2) 広隆寺#2

山門をくぐり中へ入って振り返ると三条通を走る嵐電の姿が見えます。
(3) 広隆寺#3

広い境内の一番奥に立派な聖徳太子殿(太子堂)が見えます。
実はこの太子堂は手前にある広隆寺講堂よりも大きく、造りも立派なのです。
桂宮院にはこの太子殿の奥から左手(西側)の細い道を入って行きます。
(4) 広隆寺#4

境内には講堂、庫裏など中小規模の建物がいくつもありますが、
中にはもう用途廃止になったのか見た目も”廃れもの”のものもそのまま残されています。
(5) 広隆寺#5  (6) 広隆寺#6

(7) 広隆寺#7  (8) 広隆寺#8

桂宮院が公開されていない期間でも、この広隆寺境内には静かな空間が広がっていて、
賑やかな三条通や裏の映画村の喧噪を離れたホッとした空間を提供してくれます。
太子殿の北側は有料入場範囲になりますが、重文の霊宝殿がありますので、
何かの折りには覗かれたらと思います。

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京都に夢殿?
先ずはこの写真を見ていただきたい。
ホントは撮影禁止なので焦って撮ったら傾いてしまいました、ご容赦 (^^ゞ
何に見えますでしょうか?
八角だし、、、夢殿かなぁ・・・それにしてはミニサイズだなぁ・・・

(1) 京都の夢殿?#1

いま京都の洛中西端は西大路通ですが、ここに三条、四条、五条と東西の幹線道路が交わっています。
ところが二条通はありません。この旧二条通はいつの間にか太子道(たいしみち)と呼ばれ、
西大路通を突っ切ってそのまま西へ延び、太秦の広隆寺に突き当たります。
この広隆寺は鎌倉時代に聖徳太子信仰が盛んになるとともに栄え、太子道を通って京の善男善女が訪れました。

飛鳥時代に山背(やましろ:当時の京都の呼称)で渡来人の秦(はた)氏が広隆寺の前身蜂岡寺を開き、
聖徳太子を支える重鎮として飛鳥と交流の深かったこともあり、夢殿をそこに建てたと伝わっています。
蜂岡寺はその後廃寺となりましたが、現在の広隆寺にそれが引き継がれたということです。
その所縁によって鎌倉時代に広隆寺の中に夢殿が建てられたと言われています。

この夢殿は正式には桂宮院(けいきゅういん)と称し、広隆寺の西北敷地内にあり、国宝指定を受けています。
(2) 桂宮院は美しい築地塀と竹林に囲まれてひっそりと建っています。
(3) いまは使われていませんが、桂宮院に直接入れる参道も残っています。
(2) 京都の夢殿?#2  (3) 京都の夢殿?#3
現在は桂宮院には広隆寺の奥にあるこの細い通路から入ります。
ただし、桂宮院は四・五・十・十一月の日曜祝日のみの公開です。
公開日にはこの入口に受付のおばちゃんが立って入場チェックしています。
(4) 京都の夢殿?#4
公開日の早朝には開門と同時に真言宗修行僧の新人が先輩僧に連れられてお参りに来ます。
真言宗(厳密には聖徳宗)の修行僧は絶対にここにお参りしないといけないという不文律があるとのことです。
この日も私が来た時には先輩からいろいろ説明を受けながら新人さんが戻るところに出会いました。
(5) 京都の夢殿?#5
ここは普段全く人の入らないところなので、木々が自然のまま鬱蒼と茂っています。
(6) 京都の夢殿?#6  (7) 京都の夢殿?#7
桂宮院の入口横にはちゃんと広隆寺太子堂がありますよ。
普段太子詣でされる方はこちらでお参りするようです。
(8) 京都の夢殿?#8
いかがでしたでしょうか、久しぶりに知られざる京都の蘊蓄話でした。

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滝いろいろ
天滝に行く途中にもいくつか面白い滝がありました。
水源に近い天滝から流れる水は小さな滝をいくつも超えて名もない沢を下り、
大屋川に合流します。その大屋川もやがて円山川に合流し、
最後には豊岡、城崎温泉を経て日本海に流れ込みます。
この滝の水も何日かあとには日本海に流れ込むんですねぇ。

(1) 滝いろいろ#1  (2) 滝いろいろ#2

(3) 滝いろいろ#3  (4) 滝いろいろ#4


MINOLTA α-7xi / MINOLTA AF ZOOM 24-50mm F4
(1)~(3)  KODAK EKTACHROME 64 Professional (EPR)
(4)  KODAK EKTACHROME DYNA HG 100 (EB-3)

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