一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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三木鉄道廃止後
廃止になった三木鉄道、構内や線路はどうなってるんでしょうか。
のぞかしていただこうと駅横にある本社に行ってみました。

(1) 三木鉄道廃止後#1

ところがもう誰も居らずひっそりとしていました。
さぁ困ったなぁ、と思っていたら掃除のおばさんが出たり入ったりしていましたので、
「写真撮らせてもらいたいんですけど」と言いましたら、あっさりと「どうぞ」
で、遠慮無く構内に入らせていただきましたが、なるべく線路を踏まないように・・・

駅本屋の裏側に回って構内の全景を眺めてみます。
貨物扱いのあった昔からの広い構内はひっそりとしていますが、
すさんだり荒れたりした雰囲気はまるでありません。実にきれいな状態です。
(2) 三木鉄道廃止後#2

車庫のところまで近寄ってみましたら、入替用の動力車や営業車が留置されていました。
営業車は3輛あったのですが、ここには2両しか置いてありませんでした。
あと1両はどこに行ったんでしょう。余所にもらわれていったのかなぁ。それとも厄神駅に?
(3) 三木鉄道廃止後#3

昔使っていた上屋のある貨物ホームは前から自転車置き場になっていましたが、
今も変わらず自転車が止めてありました。そこからは留置してある営業車も見え、
去年まだ営業中に撮りに来たときとまるで雰囲気は一緒でした。
(4) 三木鉄道廃止後#4

少し駅から線路沿いに歩きまして、最初の踏切まできてみました。
踏切の遮断棒は外されていましたが、設備はそのまま残っていました。
遠くに三木駅と留置されているディーゼルカーが見えますね。
この踏切を時折通る車も律儀に一旦停車してから渡っていました。
(5) 三木鉄道廃止後#5

三木駅を背に厄神方向を線路の真ん中で眺めてみました。
実に手入れのよい線路がまっすぐに伸びています。
レール上面にまで錆が回っているので、もう列車は走らないんだという実感がわいてきます。
(6) 三木鉄道廃止後#6

今回の訪問では営業時の状態がよく残っていて廃止になったという実感があまり得られませんでした。
しばらく時間をおいて出かけてみたら、もう少し様子が変わっているかもしれませんね。
土地利用や環境面で切迫していないので、ひょっとしたら自然に朽ちるに任せるんでしょうか。

KONICAMINOLTA α-7 digital / SIGMA AF 30mm F1.4 EX DC / Ex.FINE ISO100

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

三木駅廃止後
播州の三木鉄道、JR加古川線厄神駅からここ三木までわずか6.6Km、13分のミニ鉄道でした。
ちょうど1年前の廃止が決まる頃に訪れましたが、遂に今年の3月末で廃止となってしまいました。
走っていた頃の模様は前掲示板のこのページ付近で何回かに分けてご紹介しています。

廃止になってから2週間ほどして『さよならイベント』の喧噪が去った三木駅を見に行きました。
いささか日が経ってしまいましたが、出し損ねていましたので、遅出し御免ということで。

もう単行ディーゼルカーは走っていませんので、神戸電鉄で電鉄三木まで行き、
そこから美嚢川を渡ってテクテクと10分ほど歩いてゆきました。

三木駅が見えてきました。佇まいは全く変わっていません。
1年前もほとんど人気のない駅前でしたが、桜の咲く静かな駅前はそのままでした。
(1) 三木駅廃止後#1

三木駅の正面です。
以前待合室にあった木のベンチがバリケード代わりに置いてありました。
(2) 三木駅廃止後#2

入り口の木枠自動ドア越しにみる構内風景は営業時と何も変わってないように見えます。
(3) 三木駅廃止後#3

構内のホームも線路も信号機も全然変わっていません。
ホントに廃業したのかな、というくらい何も変わっていませんでした。
今にもディーゼルカーが走り込んできそうです。
(4) 三木駅廃止後#4

駅裏の昔に廃止された貨物ホーム跡に回ってみました。
去年と同じアングルで撮ってみましたが、変わってるようには見えませんねぇ。
(5) 三木駅廃止後#5

足下にあったオイル缶は長いこと人が触ってない雰囲気です。
(6) 三木駅廃止後#6

もう一度駅前に戻ってみたら真新しいバス停の標識が立っていました。
ダイヤを見ると、ほぼ鉄道時代のダイヤ通り。そうです、代行バスの時刻表でした。
(7) 三木駅廃止後#7

駅前で「暇でたまらんわ」とぼやいているタクシーの運ちゃんと昔話をしていたら、
そこに厄神行きの代行バスが入ってきました。
鉄道時代と違い、電鉄三木が始発になっています。
乗降客はなく、立ち寄っただけで走り去ってゆきました。
(8) 三木駅廃止後#8

この代行バスを実際に見て、やっと「ああ廃止になってたんだなぁ」と実感しました。
それくらいここの佇まいは1年前と変わっていませんでした。
あの待合室にあった木のベンチはバリケード兼バス待ちベンチになってたんですね。
どうりであん時の座布団まで一緒に置いて、おかしいなぁと思ってたんです。

よろしければ昨年のレポートと併せてごらんいただければ幸いです。

KONICAMINOLTA α-7 digital / SIGMA AF 30mm F1.4 EX DC / Ex.FINE ISO100

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

蝉丸神社
前回ご紹介しました百人一首の歌を詠んだ蝉丸は歌人でもあり琵琶奏者でもありました。
平安前期の人ですが生没年は不明です。この逢坂山に庵を結び、暮したと伝わっています。
その庵跡がこの蝉丸神社と言われていますが、定かではありません。

京阪電車京津線大谷駅からは旧道沿いに200m余りの上り坂で逢坂関跡碑に着きます。
その中間点あたり、逢坂山の斜面を登ったところにこの蝉丸神社があります。
(1) 蝉丸神社#1
もともと関蝉丸神社というのが大津側の坂を降りたところ、現在のJR東海道本線線路際にあり、
そこが下社、もう一つ逢坂山山上に上社があります。この蝉丸神社は分社になります。
上社で猿田彦命、下社で豊玉姫命をお祀りし、逢坂関を通る旅人の守り神としたのが始まりだそうです。
蝉丸の没後分社が設けられ、この3社で蝉丸も祭神として祀られるようになったとか。
それ以来歌舞音曲の神としての信仰も集めているそうです。

この急な石段を登り切りますとこじんまりとした分社につきます。
(2) 蝉丸神社#2

境内は幅10mあまり、奥行き数十mの細長い敷地で、参道に舞台と拝殿だけがあるという感じです。
(3) 蝉丸神社#3

さすが音曲の神を祀る神社です、立派な舞台が拝殿の前にありました。
(4) 蝉丸神社#4

拝殿もこじんまりとした小さなものでした。中に人は入れません。
(5) 蝉丸神社#5

石段を登りきったところの鳥居には新しい注連縄がありました。
この蝉丸神社は清掃も行き届いていて、よく手入れされておりました。
人の気配はありませんでしたが。
(6) 蝉丸神社#6

この蝉丸神社からさらに逢坂山を登ったあたりに名神高速道路がトンネルで通っています。
そのトンネルは蝉丸トンネルと言いますので、名神を走れば看板でこの場所が確認できます。
さすがにその騒音はここまでは響いてきません。実に静かなところです。

OLYMPUS OM-10 / G.ZUIKO AUTO-W 21mm F3.5、ZUIKO AUTO-S 40mm F2
             LUCKY SHD 100 New  ND-76 1:1 23℃ 7分 (ISO160で撮影)

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

逢坂関
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関  蝉丸 (百人一首第十番)

逢坂関(おうさかのせき)は、山城国と近江国の国境となっていた関所で、現在の京都府と滋賀県境になります。
東海道と東山道(後の中山道)の2本が草津で別れるまで1本にまとまって逢坂山を越えます。
古来から交通の要となる重要な場所でしたので、646年に関所が設けられました。
美濃の不破関、伊勢の鈴鹿関と合わせて「三関」の一つとなった重要な関所であります。

現在、滋賀県大津市大谷町の国道1号線沿いに逢坂山関址があります。
ただ、この石碑は昭和に入ってから建てられたもので、実際に逢坂関があった場所ははっきりしません。
明治になって関所が廃止され、国道整備や京阪電車の開通などの工事があったためわからなくなっています。
(1) 逢坂関#1

標高40mほどの京都三条大橋から東山蹴上を超え一旦標高80~100mの山科盆地に入ります。
そこから逢坂山を一気に上り、標高200mほどのここに辿り着きます。
三条大橋からは約9km余りです。右側の道路際に石碑と常夜灯が見えます。
遠方にぼんやり広がっているのが山科盆地の街並みで、
その向こうが東山36峰、東山のさらに向こう側が京都の市街です。
名神高速道路が開通するまではこの国道1号線が頼みの綱、車もオーバーヒートしながら登りました。
名神高速道路はこの石碑のある場所の崖上数十メートルの山腹をトンネルで抜けています。
(2) 逢坂関#2
中学生の頃、同級生と自転車で3日かけて琵琶湖一周旅行をやったのですが、
朝家を出てここに辿り着くだけで足が棒になりました。

アングルを反転して大津側を見ます。この石碑あたりをサミットとして2kmほどで浜大津に一気に下ります。
このカーブの向こう側まで行きますと、水面標高平均84mの琵琶湖が眼下に広がって見えます。
(3) 逢坂関#3
石碑の横にある小さな建物は昔の検問所の跡です。
昭和になっても警察はここに関所を設けてました・笑

国道1号線は山を削って車を通していますが、実はこの道路の下を電車のトンネルが通っています。
京阪電車の京津線はモーター音を響かせてこの急坂を駆け上り、駆け下ります。
上の(3)写真の私の立ち位置の足元が、トンネルの京都側入り口になります。
(4) 逢坂関#4

OLYMPUS OM-10 / G.ZUIKO AUTO-W 21mm F3.5、ZUIKO AUTO-S 40mm F2
             LUCKY SHD 100 New  ND-76 1:1 23℃ 7分 (ISO160で撮影)

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

#48 OLYMPUS Ecru
潜りっぱなしでは何ですので、息継ぎに浮上しました。 (^_^;

機材紹介第48弾は OLYMPUS Ecru (エクリュ)
一時ブームになりかけたカメラらしくない一連のカメラの1台です。

Ecru #1
OLYMPUS Ecru / OLYMPUS LENS 35mm F3.5 (3群3枚)
シャッター: プログラム式電子シャッター 1/15秒~1/500秒
露出調節: プログラムAE
        EV7.5(F3.5、1/15)~17(F16、1/500)
フラッシュ: 内蔵固定式 低輝度時・逆光時自動発光、
       強制発光、発光停止、赤目軽減機能付き
       充電5秒
       連動範囲:0.35m~3.5m(ISO100ネガカラー)、
              0.35m~7m (ISO400ネガカラー)
撮影距離: 赤外線アクティブAF 0.35m~∞ AFロック
ファインダー: 実像式ファインダー、倍率0.4倍、
        近距離補正マーク、フォーカスフレーム、
        測距完了表示、フラッシュ発光表示
巻上げ: 自動フイルム巻き上げ、自動巻き戻し、
      途中巻き戻し可能、順算式液晶カウンター
フィルム: パトローネ入り35mmフィルム
画面サイズ: 24x36mm
電源: 単4電池2本

106W×91H×40D  約215g(電池含まず)
1991年5月発売
発売時定価: 50,000円 (ケース、ストラップつき)

オリンパスとしては「O Product」に続く第2弾になるデザインに凝ったカメラで、
ミノルタの「Prod 20's」のクラシックデザインとは真反対のモダンデザインになっています。
Ecru #2

機能的にはほぼ同時期に発売された OLYMPUS μ初代とほとんど一緒で、
レンズもそのまま同じものと思われます。
それゆえ、デザイン優先ではありますが、写りも非常に優秀でありました。

こちらで試写したのをご紹介しています。



このカメラはこのブログではおなじみの京都のカメラのふじもとで戴いたものです。

過日お店にお邪魔した時に社長から「今度キリ番でた時の景品につけてよ」ということで…
カメラはデッドストックの新品だそうですが、残念ながらストラップやケース、元箱などはありません。

当「一里塚」の次回きり番予定は20万の予定でしたが、
途中15万キリ番も追加して、その景品でこれを進呈しようかと思っています。
まだ先の話ですが、15万キリ番の景品になりますので、皆さん忘れないでね・笑
只今ブログ休載中ですが、それでも1日100~150カウント上がっていますので、夏ごろですかね…
私のブログ復活が先か、15万キリ番が先か、これも見ものですな。



諸事情で現在ブログを休載しております。
皆さんには申し訳ないと思っております。今しばらく復活までお待ちください。
それまでは時々突然息継ぎに浮上しますので、たまにチェックしてやってくださいね。
間隔やタイミングは全くの不定ですが・・・・・・・・・・

テーマ:カメラ機材 - ジャンル:写真

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