一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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8月9日
8月9日と言えば誰しも思い出す日付であります。
数年前に急に思い立って一人で長崎に行きました。
1泊二日、実質24時間程度の滞在ではありましたが、
市内電車の一日乗車券を駆使して2日間で全線乗り尽くし、
あちこちで下車しながら結構いろんなところを歩き回りました。
やたら急な坂道が多くて、自転車に出会わないのも無理ないか、とへこたれました。

そのとき撮った写真で、この日付で思い出したのを何枚か出してみます。
季節は春でしたが、その点はご容赦ください。

浦上天主堂です。
平和公園の丘の上から遠望しましたら、ちょうど結婚式をやっていました。
後ほど坂を下り、また坂を登ってそばまで行ってみましたが、
被爆建物として有名なところですが、すっかりきれいに修復されていて、
観光客で賑わっていましたので、喧騒の中申し訳ないけれどさほど感銘は受けませんでした。
(1) 8月9日#1

そこからまた坂を下り、浦上川の支流である下の川に沿って歩いていますと、
松山町という電停の近くに今は記念公園になっている爆心地がありました。
ここは荘厳なコロシアム風に整備されていて、来る人も少なく、実に静かなところでした。
(2) 8月9日#2

ここは市民の憩いの場になっているのか老夫婦がお孫さん(ひ孫かな?)を遊ばせていました。
この光景だけを見ていますと、ここの真上で原爆が炸裂したとは思えません。
(3) 8月9日#3

公園の下の川沿いのベンチではお仕事の合間に休憩でしょうか、
鳩にビスケットをやりながらにこにこと休んでいらっしゃいました。
(4) 8月9日#4

実はこの公園のベンチで私もしばらく休憩しておったのですが、
ボケッとしていたらご老人が近寄って来て、私に話しかけてこられました。
『どこからいらっしゃった?』 『大阪です』 『おお、それはそれは、、、お知り合いでも?』
『いえ、縁者はおりませんが、一度写真を撮りに来たかったので来てみました』
といったことからいろいろ世間話や趣味の話やらになりました。

お歳の頃は私よりは一回りちょっと上といったところでしょうか、被爆経験をされていました。
細かい話は省きますが、平和団体や政党、政治家には大変不満を持ってらっしゃるようで、
自分たちを利用するだけ利用して、活動を有利にする道具にされてる、
自分たちの心情を理解するとか、自分たちを本気で支援してやろうとかいうのはほとんどいない、
伝えられている「史実」も実際の話と違ってることも多いと嘆いていらっしゃいました。
私は結構せわしなく市内を走り回っていたのですが、ついつい話し込んでしまい、
気がついたら小一時間も話をしてしまいました。

そのご老人から「アソコの皿うどんとちゃんぽんは旨いよ」と教えてもらった店に行き、遅い昼食を摂りました。
お婆ちゃん姉妹とどちらかの旦那さんと3人でやっている目立たない町の食堂でしたが、
その味は実に美味、地元の味を堪能し、そこでもお三方と30分以上話し込んでしまいました。

お名前も聞いておりませんし、そのときだけの出会いではありましたが、
あのご老人も食堂のお三方も今でもよく覚えています。
そして、お話の内容もよく覚えています。
今でも原爆の話を聞いたり読んだりすると、『あの爺さんの話は違ったぞ』なんて思い出します。

この公園には千羽鶴がたくさん納められていて、常に新しいのが持ってこられるようでした。
(5) 8月9日#5

地下に掘り下げた保存地には生々しい被爆痕がくっきり残っていました。
(6) 8月9日#6

黙して語らず、しかし無言で強く訴えかけてくるものがあった、というのがこの旅の感想です。

PENTAX MZ-S / SIGMA AF 28-300mm F3.5-6.3 DG / FUJICHROME TREBI 100C

テーマ:旅の写真 - ジャンル:写真

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