一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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深夜の大阪駅
1968年3月27日の深夜、大阪駅におりました。
1週間前に御殿場へ夜行でとんぼ返りした翌週、今度は岡山広島に夜行で行こうという算段です。
いやはや元気なものですね。でも学生にとって春休みは宿題もなく天国なのです。

大阪駅にブルートレイン、東京-長崎夜行の寝台特急「さくら」がやってきました。

(1) 深夜の大阪駅#1

初代20系のブルートレインもこの頃にはピカピカに輝いていました。

(2) 深夜の大阪駅#2

私たちはそのような豪華なブルートレインとは無縁の定番夜行急行です。
あれば長距離鈍行で行くのですが、
残念ながら岡山始発の伯備線列車に間に合わせるには急行を使わざるを得ないのです。

この頃は新幹線が新大阪までしか開通していなかったので、
大阪から西へは夜行列車の花盛りでした。
広島へは急行ななうら(後に音戸)という夜行列車がありました。

(3) 深夜の大阪駅#3

このななうらは人気列車で呉線を経由して広島に早朝到着します。
糸崎まではEF58が牽引し、糸崎から広島まではC62が牽引します。
多客時には増発されて「第2ななうら」というのも「ななうら」の後に走りました。
私たちは岡山で下車しますので、できるだけ遅く出るこの第2ななうらに乗車します。

(4) 深夜の大阪駅#4

二等座席車に席を確保して出発です。最初の目的地岡山には夜明け前というか深夜に到着です。
車内では眠ると言うよりうつらうつらしているだけで過ごすことになりますが、
若い頃はこれでも耐えられ、翌日も走り回れました。

(5) 深夜の大阪駅#5

このあと岡山・広島巡りのアーカイブを暫く続けます。


1968. 3. 27
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / KODAK TRI-X (ASA 3200)  PANDOR 16分


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

投票日
今日は衆議院議員選挙の投票日、待たされましたねぇズルズルと1年ほども。
前回の衆議院議員選挙から4年弱、もう任期いっぱいまで引っ張られまして、
その間に首相が3人も登場し、政策も二転三転で有権者は放っ散らかし、
もういい加減にしてくれという感じでした。

投票日#1

大阪では今日はいい天気でしたが、気温がぐんぐん上がって33℃になろうかという暑さ、
おまけに湿度が高くて7月頃の蒸し暑さがぶり返している感じで前夜は熱帯夜、参りましたね。

投票所は高槻市立松原小学校で、私宅からは歩けば20分ほどですが、
もうたまりませんので自転車を漕いで行ってきました。

投票日#2   投票日#3

小選挙区、比例区の投票と同時に最高裁判事の信任投票もちゃんとしてきましたよ。
司法の独立に弱腰で、権力に迎合する国民の基本権をないがしろにした評決をした判事には
ちゃんと「×」印をつけて否認意思を示してきました。

投票所は小学校の体育館というお決まりの場所でありましたが、
学校の広いグラウンドでは熟年の草野球の方々でしょうか、
練習試合に備えてグランド整備などの準備に勤しんでおられました。

投票日#4

自宅からこの小学校までの道筋途中までは、私の中学高校時代の通学路その2のコースでありました。
その1コースはノーマルの表通りから正門へ、その2コースは遅刻しそうなときの裏コースで、
塀の破れ目から教師の目をかいくぐり校舎めがけて突入できる、非常口でありました。

これが投票所に行く途中で見える我が母校のグランウンドであります。
昔はこのコーナーの塀から4~5mのところに木造体育館がありました。

投票日#5

実は現住所に建て替え前の旧宅が分譲される前、入居は6月だったのですが、
3月下旬から6月中旬までの3ヶ月ほどこの近所の民営長屋に仮住まいをしていました。
四畳半が二間に台所と便所と押入があるだけの狭い長屋でしたが、
そこに祖母と両親と兄弟3人に犬が一匹、ぎゅうぎゅう詰めで暮らしておりました。
その頃に利用していた町内の風呂屋が気になってちょっと寄り道して見に行きました。

投票日#6

当時は大きな瓦屋根に煙突という典型的なお風呂屋さんでしたが、
改装して近代的なお風呂屋さんになって、今でも営業されてました。
写真でちょっとだけ写ってますが、昔の煙突はそのまま使っておられるようです。

当時この辺りには平屋の府営住宅や民間の借家、長屋が密集していたところで、
その後の開発で田圃を埋め立てたミニ開発で車が1台通るのがやっとという道路沿いの
分譲家屋が密集して現在に至っています。
府営住宅は中層の団地風に建て替えられ、一帯にはマンションも目立つようになってきましたが、
まだまだこの近辺はベタな住宅街で残されています。
内風呂の普及率もまだ風呂屋さんが廃業するところまでは至ってないようです。
比較的遠くからも風呂屋さんを求めて車でわざわざやって来る人も多いようです。

ということで、今日は投票ついでに普段は行かない近所の懐かしの場所もチラ見してきました。


KODAK EasyShere V570


アクセス解析
私のHPには毎日延べ150~200人くらいの方が訪れておられます。
また、このブログには毎日200~300PVくらいのアクセスがあるのがカウンターで分かります。
時々キリ番イベントをやったりすると、とんでもないところの未知の方から宣言を受けたり、
初めてコメントを書き込まれた方が意外なところにお住まいの方だったり・・・・
多くの読者の方が見てくださるのでありがたいのですが、さてこの方々はどんな人だろう?
皆さんもご自分でHPやブログを開設していると気になるところだと思います。

fc2には「アクセス解析」というサービスがあり、これは結構面白い分析をしてくれそうです。
このブログでちょっと試しに使ってみましたら、なかなか面白い結果が出ましたのでご紹介します。


まずは時間帯別のアクセスです。

アクセス分析#9

ほぼ各時間帯に平均して参照されているのが分かります。
やっぱり外国からも見に来られてるんでしょうね。
ユニークアクセスは別IPアドレスからアクセスのあった件数、
トータルアクセスはIPアドレスに関係なくPVした回数です。
ある人が当ブログに来て書き込みをしたり別ページを見たりして何回かリフレッシュし、
それが仮に3回だったとしたら、ユニークが1、トータルが3とカウントされます。
見に来て眺めてそのまま帰ったら、ユニークもトータルも1になります。

この分析では自分自身からのアクセスをIPアドレスで除外できますので、
他の方からのアクセスだけを抽出できます。
ただ一般のプロバイダーではダイナミックIPアドレス割り当てで接続の都度アドレスが変わりますので、
厳密に測定するときにはプロバイダーに接続した時点で自己アドレスを除外する必要があります。
これは一度設定すればルーターがつながっている限り変わりません。
インターネット常時接続の場合には、接続断がない限りそのままで変わりません。
接続断は常時接続の場合、平均して月に1回くらいです。(私の接続ISPの場合の経験値)


では、一体世界中のどこからアクセスしているのでしょうかねぇ、
ということで国(地域)別のアクセス内容を確認してみます。

アクセス分析#5

.netや.comは一応米国ですが、広く世界で使われています。とりあえずアメリカね・笑
コスタリカにチェコねぇ、、、、コスタリカは分かるなぁ・爆
チェコって、、、、これは分からん。時々ロシア、ハンガリー、イスラエルなんてのもあります。
こっちは日本語サイトなんですが読めてるんでしょうかねぇ。
なお、中国、韓国に関してはSPAM対策で相当シャットアウトしてるので、滅多にありません。
そういえば、先日韓国のHPに私のHP記事や写真を無断でパクったのがありましたので、
厳重に抗議したら、相手の記事は削除されました。(ちゃんとハングルで抗議文を送りました)
マナー違反や犯罪行為には厳格に対応することが必要ですね。


次に、日本国内ではどの辺りから見に来てくださるんでしょうか。
ほとんどの都道府県が入っていますので、画面は上位の方だけを持ってきています。

アクセス分析#4

まぁまぁ、実にいろんなところから見に来てくださってるんですねぇ。ありがたいことです。
中には心当たりの方がいる県もあれば、全く知り合いのいない県もありまして、
時節柄の事項に関しても発信地が大阪だってのをちゃんと謳ってないととんちんかんな話になるかも。
この日は神奈川県からのアクセスが随分あったようです。


私は@Niftyの常時接続でインターネットに繋いでいますが、
皆さんはどんなプロバイダーを通してアクセスしてるんでしょうか。
ということで、プロバイダー分析も見てみます。
これも凄い量ですので上位だけを画面に持ってきています。

アクセス分析#6

OCNがダントツで多いですね。日本ではNTT強しということでしょうか。


それでは、どのようなホスト(プロバイダーのサーバー)を経由してきてるのかな。
そのサーバーはどこのセンターに置いてあるのかな、と調べてみると・・・・
これも凄い量ですので上位だけを画面に持ってきています。

アクセス分析#8

何となく雰囲気は分かりますよぉ、という感じですね。  (^^ゞ


このブログにはキーワードを元にネットサーフィンしながら検索で来てる人もいるでしょう。
その人たちはどんな検索エンジンを経由してきてるのでしょうか。

アクセス分析#1

やっぱりGoogleが強いですね。世評どおりというのがよく分かります。


皆さんはどんなブラウザを使い、どんなOS言語を使ったマシンで見てるんだろう。
それによってはページ設計なんかで考慮する必要があるかもしれません。

アクセス分析#7
アクセス分析#3

ああ、Mozillaでの表示確認はしてなかったなぁ、ネスケをまだ使ってる人もいますねぇ、
既にGoogleChromeを導入されてる人もいるんですねぇ、なんてことが分かりました。
今後の配慮要件として頭に入れておきましょう。


最後に皆さんはどれくらいの解像度のディスプレイで画面を見ているんでしょうか。
私のHPは横800dpi、ブログは1024dpiを基準に作っています。

アクセス分析#2

昔は800x600dpiのSVGAで見ている人が結構多かったんです。(特にノートPC)
それでHPは800を基準にしていたのですが、この結果を見ると1024基準にしてもいいかもなんて思います。


今回はスナップショットをとらなかったのですが、OS別、携帯アクセスの分析もできたりします。
常時これを解析していても仕方ありませんが、時々これを見てみるのも一興かも。
読者の皆さんの環境もわかり、ページ作成において考慮することが分かったりしていいですね。
項目によっては分析不能のこともあって合計が全て100%になるわけではなく、
集計漏れも発生してしまいますが、全体的な傾向が分かって結構助かりますよ。

この分析サービスはタグを対象ページに埋め込むだけで誰でも利用できます。
別にHPやブログがfc2以外でも使えますので、興味ある方は試してみてはどうでしょうか。


大場工場4
大場工場構内でDA601というディーゼル機関車も見つけました。
よく見ると動輪は1軸、あと1軸はフリーの車輪という小型の機関車です。

用途や来歴ははっきりしませんが、普段の構内移動や保線作業など
軽量非定期運用にはこの車両を使っているのではないかな、と思います。

(1) 大場工場4#1

(2) 大場工場4#2

(3) 大場工場4#3

(4) 大場工場4#4

よく見ると連結器は片側だけにしか着いていません。
電気が通っていなくても運転できますので、架線工事や線路切り替え工事でも出動できますね。
回送などではEDを使い、普段の保線工事ではDAを使うといった使い分けがされてたのかも。


これで今回の御殿場線、伊豆箱根鉄道の旅は終了です。
この大場工場のあともどっかに行って何かをして夜行で帰ったことは確かですが、
写真もなければ記憶もなく、翌朝早く大阪駅にいたところまで記録の空白になっています。
前夜の夜行で来て、丸1日ハイテンションで走り回り、また夜行で帰ってますので、
多分公式行事が終わったところで一気にテンションが下がったんでしょうね。
なんにしても元気だったわ・笑

次のアーカイブは西に飛びます。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / NEOPAN SS Microfine


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大場工場3
大場工場の向こうの方ではED33がぽつりと休んでいました。

(1) 大場工場3#1

構内では三島駅で見かけたED32もいつの間にか戻ってきていました。

(2) 大場工場3#2

工場棟内では大雄山線用の電車が整備中、塗装もされてピカピカになっていました。

(3) 大場工場3#3

この工場では改造や事故車の復旧など新車を作るレベルまでの整備能力があるそうです。

(4) 大場工場3#4

普段は見られない鉄友イベントならではのディープな世界を拝見できて大満足でした。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / NEOPAN SS Microfine


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大場工場2
先に私たちが乗ってきた電車は1000系という駿豆線の車両ですが、
訪れた時には出払っていて工場内の留置線にはおりませんでした。
その代わり、工場内の留置線には大雄山線の車両たちが留置されていました。

(1) 大場工場2#1

(2) 大場工場2#2

(3) 大場工場2#3

(4) 大場工場2#4

同じ伊豆箱根鉄道と言っても駿豆線と大雄山線は伊豆半島の西と東の別線で、
駿豆線は車長20m、大雄山線は車長17mと車両規格も違います。
それぞれに専用車両が必要なのです。
大雄山線の車両は駿豆線内の回送ではED32などの機関車に牽かれて移動し、
三島-小田原間は国鉄の機関車に牽かれて貨物列車として回送されます。

ただ、大雄山線用の17m車両は駿豆線では規格内なので営業運転できますので、
予備車としていざというときには駿豆線内で運転できるよう待機しているようでした。
ですので、留置線でもいつでも出られるように三島-修善寺の看板をつけた編成がいました。
朝夕のラッシュ増発運転では常態的に使われていたのかもしれません。
訪れた当時には、駿豆線がぎりぎり、大雄山線の方が車両的に余裕があったのでしょうね。
先に紹介しました駿豆線の1000系電車も、大雄山線の電車も現在では廃車となって残っていません。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / NEOPAN SS Microfine


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大場工場1
さていよいよ伊豆箱根鉄道大場工場の見学開始です。
大場工場は大場駅から北に300mほど、駿豆線に隣接して引き込み線でつながっています。
今しも横を通る本線を国鉄からの乗り入れ急行「中伊豆」が通過してゆきます。

ここは伊豆箱根鉄道の車両整備や改造などを一手に引き受けている工場で、
大雄山線の車両整備もここで行いますので、
大雄山線から一旦国鉄の小田原-三島間を回送し、三島からこの工場に持ってきます。

(1) 大場工場1#1

大場工場はこのように結構広い構内を持っていまして、線路も多く引かれています。
駿豆線の車庫も兼ねていますので、これだけのものが必要なのでしょう。

(2) 大場工場1#2

(3) 大場工場1#3

構内の一画にはこのように砂利を積んだ貨車も留置されていました。
ここは伊豆箱根鉄道の保線基地も兼ねているのです。
要するに鉄道の裏方稼業を一手に引き受けているのがこの大場工場なのです。

(4) 大場工場1#4

(5) 大場工場1#5

貨車の向こうでは廃車体の木造車が物置代わりに使われておりました。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / NEOPAN SS Microfine


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大場駅
三島駅から伊豆箱根鉄道に乗り大場駅に着きました。

(1) 大場駅#1

大場駅は三島駅から4つめ、電車の旅は10分もかかりません。
初めて乗る路線ではキョロキョロしているうちにあっという間に着いてしまいます。

(2) 大場駅#2

大場駅で運賃表を撮っていましたので、ブレボケですが資料として載せておきます。
初乗りが15円、三島までが30円、5円刻みの運賃は今昔の感がします。

(3) 大場駅#3

暫くホームで待っていますと、修善寺発三島行きの電車が入ってきました。

(4) 大場駅#4

我々が待っていたのはこの電車ではなく、国鉄乗り入れの急行電車なんです。
単線ですので、この大場駅で交換します。その急行「中伊豆」号が入ってきました。
当時の大阪圏では国私乗り入れなんてもってのほか、
国鉄と私鉄はいがみ合う敵同士でしたので、相互乗り入れなんてなかなか見られません。
特にこのように私鉄路線に入る国鉄電車は珍しいのです。

(5) 大場駅#5

(6) 大場駅#6  (7) 大場駅#7

大場駅で乗り入れ国電を見てテンションを上げてから我々は隣接する大場工場に乗り込みました。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / NEOPAN SS Microfine


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三島駅
御殿場線を撮り尽くし、次の目的である伊豆箱根鉄道(駿豆線)三島駅に来ました。
御殿場線で取って置きのネガカラー1本を使ってしまったので、またモノクロに戻ります・笑

この頃には既に東海道新幹線も開通していて、三島駅はその接続駅として機能しますが、
この撮影時点では車両基地はあったものの駅としては未開業、営業開始は1年後です。
新幹線三島駅開業後も当分は、東京圏新幹線通勤駅の状態には至らず、
東海道本線と新幹線の接続駅という機能の方が中心でした。
東海道本線の方でもまだまだ湘南・東海急行がバンバン走っていた頃です。

目的の伊豆急行の三島駅はその東海道本線の南側に腹付けするような形で隣接していました。
まだ旅客ホームが設けられていない新幹線三島駅も形はできあがってるように見えます。
最近行っていないので分かりませんが、この配置は今でも変わっていないと思います。

(1) 三島駅#1

伊豆箱根鉄道の三島駅はこの頃一旦国鉄の駅から出て伊豆箱根の駅に入る形でしたが、
この写真を撮った直後の4月から構内改札で相互に行き来できるようになりました。
その案内掲示が出ていましたので撮りましたが、暗くてブレボケになりました。

(2) 三島駅#2

ここから大場駅まで伊豆箱根鉄道の電車に乗り、大場工場を見学させていただきます。
その前に電車が来るまで伊豆箱根鉄道のホームから国鉄の三島駅を眺めることにします。

下りの急行東海がホームに停まっています。
この頃はL特急並みに急行電車が東京と静岡・名古屋方面を頻繁に走っていました。
新幹線はあくまでも特別な速達路線だったことが分かります。

(3) 三島駅#3

この当時にはまだまだ貨物列車も元気に走っていて、いろんな種類の貨車を繋いで頻繁に行き交っていました。
今通過しているのはEH10に牽かれた長距離貨物列車で、回送のEF65を次位に連結しています。
貨物機関車もEH10からEF60を経てEF65に更新されつつある時代の一コマです。

(4) 三島駅#4

伊豆箱根鉄道も1972年に貨物営業を廃止するまで貨物列車が走っていました。
国鉄と線路規格は一緒ですので、この三島駅で接続して貨車は相互に行き来していました。
電車も東京から修善寺までの直通急行が走っていました。
現在でも特急「踊り子」号が乗り入れて走ってますね。

貨物列車は伊豆箱根鉄道線内を専用機関車ED31形で運転していました。
凸型4軸動輪の電気機関車です。1948年製の古豪で元々は西武鉄道の車両でした。
3輛作られたうちの2両(ED32、ED33)が在籍していました。
そのED32が構内で一休みしていましたので記録に撮っておきました。
後方を先ほどの貨物列車が通過してゆきますが、有蓋車、無蓋車、冷蔵車、車掌車、
いろんな車両が連結されています。今となってはこのような混結貨物列車は見られません。

(5) 三島駅#5

何と、このED32、33とも未だに現役で在籍しているそうで、
JRの「サロンエクスプレス東京」などの乗り入れに備え整備されており、
普段は大場工場の入替や回送、工事列車の牽引などにも使われているようです。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / NEOPAN SS Microfine


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岩波駅
さて岩波駅に着き、先にD52の列車で一駅の旅を楽しんだ仲間と合流します。
この駅は富士岡駅より勾配の急な区間に設けられていて、
いかにもスイッチバックという迫力を感じられるのですが、
残念ながらこの時間帯にD52の牽く列車はやってきません。
電化の遅れる沼津-御殿場間の方がディーゼル列車への切り替えが進んでいるようです。

やおらエンジン音を響かせて沼津発の御殿場行きディーゼル列車がやってきました。
蒸気機関車牽引の列車では客車を5~7両牽いていますが、
ディーゼル化されたら3両と寂しい編成になります。ローカル線の感が深いですね。
(1) 岩波駅#1

この高低差、昨日の富士岡駅と比べていただくと勾配が急なのが分かっていただけると思います。
この各停列車も一旦駅を行き過ぎてからポイントを切り替え、水平に設置されたホームにバックで入ります。
(2) 岩波駅#2

駅で客扱いをしたらまた前進に戻り、御殿場方向に向かって列車は発車しました。
この駅も電化後はスイッチバックが廃止され、若干勾配を緩く調整した本線上のホームに
電車が止まることになりますので、電化工事は本線だけに架線を張ってあり、
スイッチバックのホームにはありません。電化後にはこのスイッチバックは廃止されます。
(3) 岩波駅#3

列車が走り去りますと、長いこと踏切待ちをしていた人や車が往来を始めました。
(4) 岩波駅#4

スイッチバックの駅近にある踏切では、停車する列車が踏切上を1往復半して
3回通る間待たされますので、結構な時間閉ざされます。
気の急く人は警報機が鳴っていても走り抜けたりします。


1968.3.20
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 135mm F3.5 / SAKURACOLOR N-100


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