一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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深夜の岡山駅
3月27日の深夜、日付の変わる直前に大阪駅を発車した広島行き夜行急行第2ななうらは、
のんびりコットンコットン走っても深夜というか、未明というか、早朝というか、
午前4時以前に岡山に着いてしまいます。ここで5時過ぎの伯備線始発まで待機です。

(1) 深夜の岡山駅#1

この当時の岡山駅は新幹線も通っておらず、当然瀬戸大橋線も開通しておらず、
山陽本線と四国連絡の宇野線は電化されていたものの、赤穂線岡山口、吉備線、津山線などは非電化、
勿論伯備線も非電化、電車汽車ディーゼルカーが入り乱れて走る魅力的な賑わいのある駅でした。
特に夜中は東京・大阪と九州を結ぶ夜行列車や貨物列車が頻繁に走っていました。

そんな時間帯にホームに立ったら、もう興奮しないわけにはいきません。
うつらうつらしただけの頭は突然覚醒し、走り回った次第です。

(2) 深夜の岡山駅#2

このホーム発車時刻表をご覧いただくとその盛況ぶりが分かっていただけるでしょう。
下り山陽本線は1,2,3番線を使いますので、これ以外に1番線から発車する列車もあります。
「あれ? ないぞ!」と思ったら1番線発です。私たちが乗ったななうら2号も1番線に着きました。

当時1番線は主に宇野線の列車が発車していましたが、
ホームから直接改札口に行ける便利さがありましたので、下り夜行列車の多くは1番線を使っていました。
昼間の山陽本線下り列車はほとんど2,3番線での発着になっています。

1番線の外れには赤穂線のホームが行き止まりの形であり、
当時非電化の播州赤穂-岡山間の折り返し列車はディーゼルカーで運転されていました。
それらはこの0番線から発着していました。その時刻表もついでに出しておきますね。
何とあの頃には赤穂線回りのディーゼル急行まで走っていました。夜行はないけど・笑

(3) 深夜の岡山駅#3

よ~しと思っているとき、突然貨物列車の機関車EF15が暗闇からぬっと現れました。

(4) 深夜の岡山駅#4

お、お、お~~~、ビックリ&コーフンのあと、ちょっと横に目線を流すと、、、ん、ん、ん、煙が見える・・・

(5) 深夜の岡山駅#5

蒸気機関車が走ってきた方を眺めると、駅外れの機関区が一望じゃありませんか!

(6) 深夜の岡山駅#6

当時の岡山駅は昔ながらの駅舎で、線路もホームも全部地平にありました。
新幹線の工事は始まっていましたが、高架線路や橋上駅舎なんてのはずっと後の話です。


1968. 3. 28
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / KODAK TRI-X (ASA 3200)  PANDOR 16分


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

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