一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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441D米子行
コーフンしてブルートレインを追いかけているうちに伯備線の始発米子行き441Dの発車時刻が迫ってきました。
3番線でもう待機しているディーゼルカーに乗り込むことにします。

(1) 441D米子行#1

5:05発のこの始発鈍行列車は岡山から米子までロングランする陰陽連絡重要列車です。
新旧車種取り混ぜて堂々の5両編成です。
初期のディーゼルカーであるキハ10系は車両断面が小型で車内は狭苦しく、
いわゆる客車並みの室内スペースを持つキハ20系に交代しつつある頃です。

(2) 441D米子行#2

先頭車にはキハユニ26という二等車と郵便・荷物の合造車を連結しています。
この頃には拠点都市から新聞や雑誌、郵便物を地方に運ぶという重要な役目を
国鉄の列車は担っていました。始発列車はそれらを届ける重要な役割もあるのです。

(3) 441D米子行#3

私たちは当然、なかなかこれから乗る機会がないであろう旧型のキハ10に席を取りました。
当たり前の話ですが、新型のキハ25あたりの方が乗り心地はいいのですが、
鉄ちゃんのセオリーとしては稀少車に乗って楽しむのが最優先であります。

(4) 441D米子行#4

そろそろ発車の時刻が迫ってきました。乗客はこの程度乗り合わせています。
まだ真っ暗な朝5時の始発でもこの程度乗っていることは、
この鈍行が重要な列車であることが分かりますね。
キハ10は車体幅が狭いので、クロスシートの座席には肘置が付いていません。
車両の中間部には排気ダクトが客室に張り出して設けられています。

(5) 441D米子行#5

いよいよ夜中に走り回った岡山駅ともお別れです。
ひっそりと静まりかえったホームを眺めていると、騒いで走り回ってたのは俺たちだけかぁ・・・・

(6) 441D米子行#6

走り出した鈍行列車は倉敷で山陽本線に別れを告げ、伯備線に入り一路米子を目指します。
我々の次なる目的地は新見です。本来の目的地は新見の一つ先、布原信号所ですが・・・
新見-備中神代間は芸備線と線路を共用していて距離もあり、単線の隘路となるために
中間点である布原に信号所を設け、列車交換をしていました。
この当時は布原信号所には芸備線の鈍行列車しか客扱い停車してくれなかったんです。
それで、布原信号所に行くには新見で芸備線の列車に乗り換えないといけません。
現在では布原信号所は正式に布原駅となり、駅に昇格していますが芸備線の列車しか停まりません。


1968. 3. 28
ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 55mm F1.8 / KODAK TRI-X (ASA 3200)  PANDOR 16分


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

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