一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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宇野辺のあたり
宇野辺駅のあたりは昔は大地主がいて辺り一面の田圃でした。
そこに茨木市の市街地が浸食して広がってゆき、中央環状線が通り、
万博で一気に開発が加速し、モノレールが開通すると田圃はすっかり消えてしまいました。

私が中学生の頃、ここには古墳のような塚のような小高い丘があり、
その上に墓が数基建っていました。丘は草で覆われており、墓には木が数本生えていました。

その丘の周りまで住宅が進出し、2年ほど前から丘が削られてコンクリートで固められ、
墓は残ったものの、コンクリート擁壁の上にちょこんと墓だけが残るようになりました。
昨年にはその丘を見下ろすようにすぐ後ろにマンションが建ち、墓を睥睨しているようです。
丘は段丘になって平地が広げられ、墓地公園みたいになってお墓の数が増えたような気がします。
何もここまでせんでもと思うのですけどね。

宇野辺のあたり#1


さて、宇野辺駅から南茨木駅へ今度は歩いて戻ることにします。
この区間はほぼモノレールの線路沿いに道路があり、駅間距離は1kmほどです。
宇野辺駅からJR東海道本線との交差部までは空中線路と大正川に挟まれた歩道を歩いてゆきます。

宇野辺のあたり#2

宇野辺のあたり#3

実はモノレールがJRをオーバークロスするところまでは宇野辺駅から300mもありません。
元々の計画ではJRと交差するところに駅を設け、乗換の便を図る構想でした。
ところが国鉄民営化のどさくさや国鉄側の消極性(難癖)で接続駅を設けられず、
現在の宇野辺駅の場所になったといういきさつがあります。
おかげでJRとモノレールは1km以上離れた孤立した駅となり、乗客の乗り換えは実質的に不能です。
ちょうど交差部にある巨大ショッピングセンターやシネコンは、駅があれば利便性が高いんですけどね。
モノレールが当初『茨木』駅を名乗ったのはJRへの当てつけという噂もちらほら・・・・
現在なら当然JR・モノレールの連絡駅が造られることになるでしょう。
阪急電車との交差部に南茨木駅を作り、乗り換えの便を図って大発展したのと実に対照的な光景です。

ま、それはそれとして、JR東海道本線の複々線は跨線橋で越えてゆきます。
スロープが設けられているとはいえ、お年寄りには少々辛い道のりです。

宇野辺のあたり#4

跨線橋を越えた向こう側には以前ビール工場がありました。
サッポロビールの茨木工場ですが、この廃止解体の模様は以前ご紹介しました。
2008年11月の当ブログここここにありますので、忘れた方は見てください。

そこは今ではすっかり整地され、このように広大な更地になっていました。
まだ工事の槌音は響いていないようですが、さてここは何になるんでしょうかねぇ。

宇野辺のあたり#5

超広角レンズを持ち合わせていませんでしたので、手動貼り合わせのパノラマにしてみました。
画面の中央、正面奥の黒っぽく茶色いマンションの辺りがJR茨木駅です。

宇野辺のあたり#6

ビール出荷用の貨物ホームや専用線路の痕跡は見てとれますね。
そのうち工事が始まったらまた見に行ってみましょうか。


FUJIFILM Finepix S5 Pro / AF-S DX NIKKOR 18-55mm F3.5-5.6 GII ED


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