一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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冷水峠6
九州汽車旅 21


ここでの撮影は朝から線路と国道の間を行ったり来たりして撮っていましたが、
時間とともに日が高くなり、逆光の感じが美味しいと感じましたので、
線路から国道を挟んだ向こう側の山から撮ってみたくなりおました。

山腹に登りますと、向こう側の山裾を登って行く線路がよく見えます。
少し距離が離れてしまいますが、こっちの方が邪魔もの無く列車の真横から見えていい感じでした。

(1) 冷水峠6#1

こちら側の山は線路際の方より険しく、より高く、これ以上登るのはしんどい感じです。

(2) 冷水峠6#2

足下には棚田のように良く整備された田圃が並んでいます。
今ではどうなんでしょうね、このあたりは人手もなく耕作放棄されて荒れ地になってるんじゃないでしょうか。

(3) 冷水峠6#3

この場所から冷水峠の方を眺めますと、山肌を走る線路がよく見えます。
山の切れ目にあたる左側から右カーブで山の向こうに進んだあたりが冷水峠トンネルの入り口になります。

(4) 冷水峠6#4

ここから筑前内野駅は直接見えませんが、駅を出た列車を捉えることはできるようです。

(5) 冷水峠6#5


この場所が結構気に入りましたので、思いっきり煙を吐いて峠に挑む列車を撮ろうと思います。


1969.3.6 筑豊本線 筑前内野駅-筑前山家駅間
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

冷水峠5
九州汽車旅 20


この筑豊本線では貨物列車が凋落してるなと感じた、その貨物列車がやってきました。
冷水峠越えを終え、筑前内野に向かって坂道を軽快に駆け下りてきます。
・・・が、えらく短いですねぇ。

(1) 冷水峠5#1

機関車1両でも十分に余力のある貨物量でありますが、
牽引機関車がD60ではなくてオリジナルのD50です。

(2) 冷水峠5#2

筑豊本線の原田区間は基本的に若松区のD60で牽引するのですが、
この頃には無煙化推進で蒸気機関車の廃車や配置転換が始まり、
機種間のアンバランスが生じていました。
また、筑豊炭田の産炭量の減少が著しく、重量貨物で活躍したD50が大量に余剰となり、
そのD50がこの区間に転入し、一部の老朽化の進んだD60と交代したものと思われます。

(3) 冷水峠5#3

D50については米原の交直接続でおなじみのものでしたので懐かしかったですね。
そういえば、米原のD50も筑豊からの転入車がおり、門鉄デフのもいました。
筑豊の蒸気機関車には緑色のナンバープレートをつけたものが多く、
名古屋の赤プレートとともに人気がありました。
このD50231も緑色のプレートだったと記憶しています。

短躯の貨物列車は軽やかに、そして静かに筑前内野駅に滑り込んで行きました。

(4) 冷水峠5#4


さて、代わって現れるのは下り貨物列車で、ダイヤを読むと重連の予定であります。
その貨物列車が筑前内野駅を発車してきました。おや、これは珍しく前補機の重連ですね。
前補機は原田への回送を兼ねていたのかもしれませんね。

(5) 冷水峠5#5

ポジのフレーム記録メモによりますと、「1763レ D6033+D6046」となっています。
前補機はD6033、本務機がD6046ですね。
それにしても先ほどのD50単機の貨物より更に短く、これなら運休でもいいんじゃないかしら。
しかし、機関車と乗務員を原田に送っておかないと上り列車に支障が出るんでしょうね。

(6) 冷水峠5#6
   D6033、1929年日立製D50317、1952年国鉄長野工場改造

(7) 冷水峠5#7
   D6046、1927年川車製D50157、1954年国鉄浜松工場改造

豪快なドラフト音の割には軽やかな車輪の音を響かせて列車は冷水峠を登って行きました。

(8) 冷水峠5#8

(9) 冷水峠5#9

D60は老朽化した9600の置き換え用として、乙線規格のD50に軸重軽減措置を施して丙線に入れるよう
従輪を二軸に改造したもので、その結果1D1のミカド型から1D2のバークシャー型になりました。
1951~56年にかけてD50全380両中78両が国鉄各工場で改造されました。
線路規格も様々な路線が網の目のように通じていた筑豊炭鉱地区でどの線にも入れる利便性から
集中的に配置され、9600に代わって活躍をしていた最後のころの姿です。

D50自体が大正から昭和にかけて複数社で大量生産されましたので、製造会社や年次ごとに細かい差異があり、
更に改造が加わったためにD60個々には細部ではかなりの差異がみられます。
この33号機と46号機でもキャブの窓やテンダーの形状にかなり違いが見られます。

この当時ですと、北九州以東と熊本、長崎以南の貨物輸送は鹿児島本線に移り、
冷水峠越えの筑豊本線はその1列車あたりの輸送量の限界もあってローカル輸送限定になっていました。
ここの貨物列車は早晩消える運命にあったのが分かります。


1969.3.6 筑豊本線 筑前内野駅-筑前山家駅間
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分
MAMIYA C22 / SEKOR 180mm F4.5 Super / KODAK EKTACHROME 64


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冷水峠4
九州汽車旅 19


C5557が牽引する下り客車列車が筑前内野駅を発車しました。
駅を出るとすぐに緩和勾配の登りとなり、私の撮影ポイントあたりから25‰の急坂になります。
各駅停車で筑前内野駅で停車していた列車は、駅を発車する時から一気に加速をします。
保線のオジサンがが発車する列車を見送っていますね。

(1) 冷水峠4#1

順調に加速をした列車は25‰の坂にかかる前に所定速度に達し、
出力を加えたまま定速で冷水峠への上り坂を駆け上って行きます。

(2) 冷水峠4#2

(3) 冷水峠4#3

(4) 冷水峠4#4

線路とほぼ並行して走る国道200号線は当時対向2車線の道路でしたが、通行量が多く、
朝の9時10時になりますとトラックの往来が多くなってまさに産業道路の様相です。
この撮影時の段階でも既に拡幅工事やルート変更工事、峠のトンネル工事が始まっていました。

(5) 冷水峠4#5


最後の写真でも分かりますように、既に貨物輸送の潮流は鉄道からトラックに移りつつあり、
この旅行を通じて、少なくとも国道の通っている近隣地域の都市間輸送はトラックに移っている、
鉄道貨物の凋落が始まっているというのを何となく感じてしまいました。
ただ、旅客輸送に関しては、まだまだ鉄道の持つ重要性が残っている感じではありました。


1969.3.6 筑豊本線 筑前内野駅-筑前山家駅間
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


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冷水峠3
九州汽車旅 18


当時の筑豊本線各停列車は、長距離鈍行を除いて大体4~7両編成の客車列車で、
牽引重量200t以下、C55が1両で牽くというのが定番でした。
冷水峠ではこの景色の中、この程度の長さでこの機関車が牽くのが一番似合ってる感じでした。

急行「天草」と筑前山家駅で交換したC5546の牽く上り1732レがやってきました。
最初の写真を撮ってから1時間ほどでしょうか、すっかり明るくなり前照灯も消えています。

(1) 冷水峠3#1

私は機関車としてはC55のシルエットが一番好きなのですが、関西から消えて久しく、
この九州の地で出会えるのが懐かしく、そして嬉しくて堪りませんでした。
特に九州では門鉄デフの機関車が多く、実に美しいと感じていました。
この46号機の門鉄デフは通常デフの下半分を切り取っただけの一番単純なバージョンで、
何度も美しく加工された門鉄デフを見慣れていただけに、少々残念でありました。

(2) 冷水峠3#2

C55は20~40号機の21両が当初流線型で作られまして、後に一般型に改造されています。
流線型機はキャブに大きなカーブ屋根が残っていますが、当初から一般型で造られたものの屋根は浅くなっています。

(3) 冷水峠3#3

列車は減速しながら静かに筑前内野駅に入ってゆきます。

(4) 冷水峠3#4


上り列車は絶気運転で静かに冷水峠を下ってきますので、
実に長閑な田舎の風景を堪能できます。のんびり眺めて気持ちの良い朝でした。


1969.3.6 筑豊本線 筑前内野駅-筑前山家駅間
MAMIYA C22 / SEKOR 180mm F4.5 Super / KODAK EKTACHROME 64
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


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冷水峠2
九州汽車旅 17


筑豊本線のここに来た第一の目的は、D50、D60、C55という古豪がこの急坂に挑む姿が見られるから、
そして、急行、特急という優等列車が風光明媚な山区間を堂々と走っていることでした。
現在は各停のディーゼルカーが1~2両で1日に10本も走っていないような線区になり果てていますので、
まさに今昔の感があります。訪れた当時はまだまだ華やかな鉄道本線のイメージが残っていました。


さて、下り急行「天草」が筑前内野駅を通過してやってきました。「天草」は京都-熊本間の夜行急行で、
博多を通らず筑豊本線を通ります。食堂車こそ連結していませんが1等座席車と1等寝台車を各1両、それに
2等寝台車を3両つなぎ、座席車も改良された青色ボディの堂々10両編成です。(京都-門司間は13両編成)
急行列車は他線の例に漏れず、先行して無煙化が進んでおり、「天草」もDD51の牽引です。
ただ、冷水峠の25‰を重量級10両編成の客車を牽くためには補機の力を借りなければならず、
後補機が後押ししています。そして、その後補機がD60なんです。

(1) 冷水峠2#1

牽引するDD51は真新しく、まだ新車の香りがするような感じです。
運転する機関士も快適で誇らしげに感じられますね。

(2) 冷水峠2#2

それでも急坂を登る列車の足は遅くせいぜい3~40km/H程度、長い列車がゆっくり通り過ぎ、
先頭が急坂にかかったあたりで最後部が見えてきました。最後部では迫力ある煙が見え、
後補機のD60の姿が確認できます。最新のDD51と大正の名機D60(D50)の対比が面白いです。

(3) 冷水峠2#3

(4) 冷水峠2#4

いかにも頑張ってますよという雰囲気で、青客車で統一された急行列車が峠越えに向け去って行きました。

(5) 冷水峠2#5

この写真を撮れたことで、ここへ来た目的の半分ほどは達成できましたが、
D60やC55の牽くローカル列車や貨物列車も撮らないといけないし、
当時華々しく全国展開し始めていた80系DC特急も撮らないといけません。
昼過ぎまではここで粘ることにします。


1969.3.6 筑豊本線 筑前内野駅-筑前山家駅間
MAMIYA C22 / SEKOR 180mm F4.5 Super / KODAK EKTACHROME 64
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


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冷水峠1
九州汽車旅 16


西鹿児島発鹿児島本線・筑豊本線経由門司港行きの夜行鈍行で冷水峠にやってきました。

筑豊本線は若松-原田(はるだ)間66.1kmを結ぶ路線で、折尾と原田で鹿児島本線に乗り入れています。
折尾駅から小倉駅はすぐ、原田駅から鳥栖駅はすぐという地の利がありますので、かつては長崎へのルートとして、
博多を経由しない鹿児島本線のバイパスとして、筑豊炭田と北九州工業地帯を結ぶ幹線として
大きな役割を果たしていましたが、現在では若松駅 - 折尾駅間は「若松線」(わかまつせん)、
鹿児島本線との短絡線と篠栗線を含めた黒崎駅 - 折尾駅 - 桂川駅 - 博多駅間は「福北ゆたか線」(ふくほくゆたかせん)、
桂川駅 - 原田駅間には「原田線」(はるだせん)の愛称が付けられ、まるで別線のように運用されています。

私が訪れた当時にはまだ篠栗線が開通したばかり、筑豊のボタ山や炭坑も衰えたとは言え健在、
まだまだ当初からの筑豊本線としての機能を持っていました。ただ、若松-折尾間は早くから別扱いでした。

西鹿児島から乗った鈍行列車のボックス席で夜明けを迎える頃、原田駅でゴトゴトと大きく揺れながら
鹿児島本線から右に別れ、冷水峠に挑みます。寝ぼけていて原田で補機が付いたのかどうか、記憶にありません。
勾配を登り始めると筑前山家(ちくぜんやまえ)駅です。ここから25‰の坂道を登って一気に冷水峠を目指します。
冷水峠は3千m以上の冷水トンネルで貫通し、トンネルの途中でサミットとなります。
サミットを超えるとまた一気に25‰の坂道を駆け下り、筑前内野駅に至ります。
筑前内野からは桂川、直方など筑豊地帯を斜めに横切って走り抜けますが、
私は撮影のために筑前内野駅で下車します。

筑前山家-筑前内野間は10.2kmありますが、一気に山越えをするために途中に信号場などはなく、
現在では1線だけの線路しかない寂しい無人駅になっている両駅も、当時は列車交換のための線路があり、
タブレット交換や信号やポイントの切替で駅員が忙しく立ち働いていました。
当時は筑前内野駅から桂川側がタブレット交換、筑前内野-筑前山家間が自動信号機になっていまして、
通過に20分以上かかる冷水峠越えが隘路になりにくいよう続行運転ができるようになっていたと記憶しています。


冷水峠1#1


先に申しましたように、残念ながらこの筑前内野駅に着いたときの駅の様子や早朝に撮った写真は
モノクロネガが行方不明のためにお見せできません。
このカラー写真が今手元で確認できる筑前内野駅側の冷水峠関係の最初の写真です。
まだ山合に朝日が昇りきっていない時間帯ですので、機関車の前照灯が点いています。

撮影場所は筑前内野駅から数百m冷水峠寄りのところで、25‰の坂の途中です。
記録では上り728レ(C5551+後補機D6026逆向き)となっています。
汽車としては下り坂、駅の手前で絶気運転からブレーキ操作に入るあたりですので、
煙は出ていません。それでもこの場所のロケーションのすばらしさが分かっていただけると思います。

明日からはここ冷水峠の筑前内野駅側で撮った写真をご紹介してゆきます。


1969.3.6 筑豊本線 筑前内野駅-筑前山家駅間
MAMIYA C22 / SEKOR 180mm F4.5 Super / KODAK EKTACHROME 64


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大畑6
九州汽車旅 15


それでは、大畑で撮った混合列車のカラーをご紹介します。

(1) 大畑6#1

これは大畑駅を出てループ線を登り、あの切り通しを通り過ぎたところにさしかかる混合列車です。
残念ながらあの煙をかぶった混合列車のダブルルーフ客車ではありませんが、
きれいな煙を吐いていて後補機の煙もよく見えます。

その貨客混合列車が目の前を通り抜けてゆきました。後補機も懸命に押しています。

(2) 大畑6#2

既に先頭は矢岳の大きなS字カーブにさしかかっています。

(3) 大畑6#3

混合列車は豪快なドラフト音を山にこだましながら時速30キロ程度で去って行きました。

(4) 大畑6#4

(5) 大畑6#5


これで九州汽車旅の大畑撮影は終了です。
好天に恵まれて思いっきり大自然の中の混合列車を堪能しました。

実はこのあとイノシシに脅されたりして大畑駅に戻り、真幸駅に移動してスイッチバックを見て、
吉松に行き、更に西鹿児島に行って鹿児島本線の夜行鈍行に乗って冷水峠を目指すのですが、
この間を写したフィルム1本が行方不明・涙
そこで、次の記事はいきなり筑前内野駅の到着風景もすっ飛ばしての冷水峠のレポートになってしまいます。


1969.3.5 肥薩線 大畑駅-矢岳駅間
MAMIYA C22 / SEKOR 180mm F4.5 Super / KODAK EKTACHROME 64
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


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大畑5
九州汽車旅 14


人吉・真幸から一気に矢岳山に向かって登った列車はトンネルで最高地点(サミット)を超えます。
坂を下り始めてトンネルを抜けると矢岳駅です。矢岳を出た上り列車はトンネルをいくつか抜け、
大野渓谷の大パノラマを愛でながら山肌を縫い、S字カーブを描いて大畑に向かってずっと下ってきます。
大きなS字カーブを通ると先にご紹介した切り通しに姿を現します。

ちょっとうろついてますと、そのS字カーブを通る列車が見えるポイントを見つけました。
都合良く矢岳を発車する列車の汽笛が遠くに聞こえました。
その列車が発車するときのドラフト音が消えて静かになり、暫くするとそのS字ラインに姿を現しました。
もう一気の下り坂ですので動力供給は切り、絶気運転で軽やかに駆けています。

(1) 大畑5#1

これは珍しい客車列車ですね。ディーゼルカーの普及で、各地で区間鈍行はディーゼルカーというのが
この頃では普通になってきていましたが、肥薩線ではまだ全て客車列車で、ディーゼルは急行だけでした。
進行方向が逆のように見えますが、S字を行ったり来たりして走っていますので、あっち向きもあれば
こっち向きもあるので、煙が出てるかどうか(力行してるかどうか)で行き先を判断します。
撮影ポイントから列車までは1km以上あります。

(2) 大畑5#2

ややあって客車列車は私が煙まみれになった切り通しに姿を現しました。

(3) 大畑5#3

先ほどの単機回送と同じように軽やかに目の前を通り過ぎてゆきます。
後に続く客車の通過音、トトントトン・・・トトントトン・・・・のリズムが心地よいですねぇ。

(4) 大畑5#4

こういうのどかな風景の中にいて行き交う汽車を眺めていますと、ずっとここにいたくなります。


1969.3.5 肥薩線 大畑駅-矢岳駅間
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


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大畑4
九州汽車旅 13


大畑ループのある肥薩線の人吉-吉松間の最高地点は矢岳-真幸間にあり、
人吉からも吉松からもその最高地点に向かっての一気の登り山岳線になります。
ですので、大畑から矢岳に向かって走っていった後押し補助機関車は最高地点を過ぎれば用はありません。
そういう補機は一旦人吉まで行き、反対向きに矢岳に向かう列車の補助機関車に使って
効率的に運用するのですが、ダイヤの都合で片方向に必要な機関車が足りなくなることもあります。
そういうときには単機回送といって機関車単体で回送運転をして元のところに戻ります。

その回送機関車が矢岳から大畑に向かって走ってきました。
既に下り坂に架かっていますので、走りは軽快そのもの、動力も殆ど必要ありません。
圧力調整弁から余分な蒸気を吐き出すだけ、火床は赤くなってる程度で十分です。

先ほど煙を思いっきりかぶった切り通しを下ってきました。

(1) 大畑4#1

ドラフト音はなく、レールの継ぎ目を車輪が通るコトトトトンという音、
排気弁からのシューシューという音に惰性で回るロッドのカランカランという音が混ざり、
目の前を通り過ぎてゆきました。坂の登りと下りでは全然表情が違いますね。

(2) 大畑4#2

単機回送D51はそのままループ線に消えてゆきました。

(3) 大畑4#3


このあとこのD51は大畑駅で待機して次の列車の後補機になるのでしょうか、
それとも人吉まで戻って次の運用に就くのでしょうか。
今回は煙はかぶらずに済みました・笑


1969.3.5 肥薩線 大畑駅-矢岳駅間
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分


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大畑3
九州汽車旅 12


大畑のループ線から矢岳の方向に少し歩いた切り通しの斜面に登ってみましたら、
ちょうど光線状態も良く、やってくる列車を正面から俯瞰して見通しよく見ることができます。
まずはここで写すことにします。ちょうど大畑駅で行ったり来たりする音が聞こえてきました。

いよいよ発車の汽笛が2発聞こえて、重連か!  思いっきりふかしているドラフト音も聞こえてきました。
それからペースを落としたけれど重く力強いドラフト音、ドッドッドに変わり、いよいよループを上り始めたようです。
ループを回ってから切り通しに現れるまでどれくらい時間が掛かったでしょうか、
おそらく2~3分内ですが、おそろしく待たされた気分になったところでやっと姿を現しました。

(1) 大畑3#1

姿は見えたもののなかなか近づいてきません。これは貨物列車ですね。
どうもスピードは25km/H程度しか出てないんじゃないかしら。
それにしても凄い煙ですねぇ、カマの調子が悪いのかしら、坂道にあえいでいるのかしら、
それとも牽引重量が大きくてめいっぱいなのかしら、いろいろ考えてしまいます。

(2) 大畑3#2

いよいよ接近してきましたが、、、おお! これも混合列車ではありませんか!!!
しかも客車は国鉄20m級鋼製車体の初代、ダブルルーフのスハフ31でありますよ。
まだ春浅い頃ですから窓は開けてないと思いますが、お客さんは煙いことでしょうね。
んっ!  煙って見えにくいけど最後尾からも煙が上がってる!!!!
やっぱり後補機付の重連であります。
あれれっ、カマに人がへばりついてますよ!  (@@#)
やっぱり調子が悪いのでしょうねぇ、面倒見ながらだましだまし走らせているようです。

(3) 大畑3#3

これは最後尾の後補機もちゃんと撮ってやらんといけませんねぇ。
それにしてもこの煙はなんなのぉ  (;´_`;)
ブハァ~~~~、煙に巻かれてまるで見えないじゃありませんか。
んもぉ~~、たのんまっせ――

(4) 大畑3#4


なんだ坂、こんな坂で迫力ある写真が撮れたのはいいのですがねぇ、どうなんでしょう。
楽勝の連写で撮れたのはいいですが、余りの煙の籠もりようは切り通しで溜まるからかしらねぇ。
それにせっかくのダブルルーフの客車も姿がよく分からないし、不満だなぁ。
ということで、切り通しの手前の方で少し離れて撮れる場所に移動することにしました。


1969.3.5 肥薩線 大畑駅-矢岳駅間
NIKOMAT FTN / NIKKOR-P Auto 105mm F2.5 / KODAK Tri-X Pan Microfine 10分



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