一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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43年前
ちょいと蛍光灯の球などを買いたくて、自転車をこいで檜尾川堤防沿いの量販店に行ってきました。
せっかく久しぶりに檜尾川の堤防まで来たのですから、昔の姿は今いずこ・・・・
ということで、昔撮った写真の風景が今どうなっているか確かめてみました。

昔撮った写真は1968年3月15日、43年前になります。
レンズの写角が違いますし、全く同じポジションに立てませんので、
比較は難しいですが、なるべくイメージが重なるように撮ってみました。
現在の写真は、昔の写真よりも少し広角気味、周りの様子まで写っています。


昔は阪急電車も2~4両編成で走っていました。名車デイ100も健在です。
檜尾川堤防から京都方面に向いて撮っています。
43年前#01
現在は7~8両編成で、車両も随分スマートになりました。
当時の背景は田圃で、すっきり見渡せましたが、現在は大型ショッピングセンターが建っています。
でも、土手の雰囲気などは殆ど変わっていませんね。架線柱も同じものを使っているようです。
43年前#02


アングルを右に振って、田圃の中の集落越しに見る新幹線を撮っていました。
43年前#03
現在のほぼ同じアングルで撮ったものは、田圃がほぼ消えてしまい、
鉄筋アパートやマンション群に埋め尽くされています。
新幹線は団地の向こうに隠れてしまい、その走行する姿を眺めることはできません。
手前にある集落がかろうじて当時の姿をとどめています。
昔の写真の左端に移っている切妻屋根の二階建て住戸が
赤い看板のあるマンション手前にある集落の左から2番目の住戸になります。
43年前#04


阪急の線路土手の北側にあった小さな畑と神社、
そこで野良仕事だか、ふざけてんのか分からない若い二人がいた風景です。
43年前#05
神社はそのまま残っていますが、随分鎮守の森が茂ってきて、常夜燈も鳥居も隠れてしまっています。
参道は広くなりきちんと舗装されていますね。
畑はかろうじて残っていますが、右の畑だったところにはにはどこかの工場が進出しています。
43年前#06


檜尾川堤防上から堤防沿いに北側を走る国鉄の踏切を眺めています。
背後の山肌が削られていますが、中腹には開通してまだ数年の名神高速道路が走っています。
路肩にはガードのワイヤしかありませんので車がよく見えるはずですが、走ってる車が見あたりません。
43年前#07
現在も川筋は変わらず、ここから見る景色に大きな差はありません。
堤防上を走る道路が立派になり、ガードレールがフルに設置されているのが大きな違いです。
踏切を通り抜ける貨物列車は、JRの今どきの機関車で、貨車もコンテナ車になっています。
背景の山肌はすっかり削った傷痕も消え、名神高速道路の擁壁も立派になり、防音壁で囲われています。
旧西国街道沿いの古くからの家屋も余り変化がないようです。
43年前#08


堤防上からアングルを左に振って国鉄高槻電車区の方を眺めています。
当時はずっと田圃が拡がる郊外の田園地帯、広告看板も国鉄線路もよく見えます。
43年前#09
全く同じ方向を撮っているのですが、住宅がびっしり建て込んで、
この景色が一番変わりましたね。あののどかな田園風景は消えてしまいました。
43年前#10


ほぼ同じ場所から360°、昔はどの方角も良く見通せましたが、
現在では、一部に痕跡はみられるものの都市化が進んでしまったなぁ、というのを実感しました。
それでも、このあたりはまだまだ昔の姿が十分思い出せる場所なんですよ。
川と堤防、そして線路がそのまま残っているというのが大きいんでしょう。


1968.3.15  ASAHI PENTAX SV / SUPER TAKUMAR 135mm F3.5 / NEOPAN SS Microfine
2011.5.3   NIKON D40 / AF-S DX NIKKOR 18-55mm F3.5-5.6 GII ED


テーマ:記憶と思い出 - ジャンル:写真

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