一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
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ゴミ箱
 
ゴミ箱#1



私の暮らす住宅街は、阪急不動産が農地を転用開発した分譲住宅地が始まりで、
1961年(昭和36年)から数次に分けて分譲され、私宅はその第1次入居です。

分譲当時には、このゴミ箱が一畳半の物置小屋とセットで各戸に1基づつ提供されました。
コンクリート製の頑丈で重い筐体に、トタン張りの木製上蓋とスライド式で上に外せる木製の前蓋が付いています。
緑色に塗装され、横には今では考えられないくらいの大きな白文字で名字が描かれていました。

各家庭で出たゴミは、このゴミ箱の上蓋を開け、放り込んでおきますと、
週に1回のゴミ収集で前蓋を開け、中身を手作業で収集車に放り込んで回収してくれました。

収集後は、ホースで各家が放水して洗い、次の収集までのゴミを溜めてゆきました。
我家では生ゴミは水を切って新聞紙で包んで出していましたが、
今のように分別回収ではありませんでしたので、生活ゴミの衣類や瓶や缶も一応分かるように分けて一緒に入れていました。
中には行儀の悪い家庭もあって、収集の人がスコップやら手で時間かけて回収することもありました。

便利ではありましたが、市役所も手間と人手の掛かる汚れ仕事の人手不足と人口急増に音を上げ、
ゴミ回収集積所まで各家庭から分別して運んでもらい、まとめて回収という流れになりました。

あれからもう30~40年くらいになりますかね、今でもこのゴミ箱が残っているお宅は、
約80軒の住宅街で数軒になってしまいました。
勿論、今では使われることはなく、成り行きで置かれているだけです。

最近はたちの悪い連中が、ここにコンビニの弁当がらや菓子袋、飲みさしのペットボトルを捨ててゆくことも多く、
上蓋が開かないように針金で縛っているお宅も多いです。
と言うのは、撤去しようにも業者に頼むしかなく、万単位の金が掛かってしまうからです。

我が家のゴミ箱は、25年前に建て替えたときに、旧宅の瓦礫と一緒に処分してもらいました。
物置だけは便利なのでそのまま残してもらい、今でも使っています。
このわずかに残ったゴミ箱を見ると、あの頃の若かった我が親世代の町内の皆さんの顔を思い出します。


PENTAX K-3 / TAMRON SP AF 10-24mm F3.5-4.5 DiII LD [IF]


テーマ:地元写真 - ジャンル:写真

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