3棟並んでいる右側の苔むしたように見える緑色の建物です。
正面に回ってみますと、高いところに大きく業容と店名を掲げたであろう看板が目を捉えます。
反対側に回ってみてもやっぱり目を引きます。
ここは昭和初期に建てられた荒物屋さんで、丸二商店というお店だそうです。
元は神田神保町にあったとのことです。緑に見える部分は銅板で壁面を覆っています。
これは関東大震災の大火で町が消失した経験から、延焼を防ぐために外壁を保護した仕様で、
震災後に再建するにあたり流行したとのことでした。緑色に見えたのは緑青だったんですね。
では店内を覗いてみましょうか。
一応商品は昭和10年頃の扱い品を揃えて再現したとのことでした。
こざっぱりと並べられていますが、実際には狭い通路をかろうじて確保する程度、
店一杯に商品が山積みになっていたと思われます。
こういう荒物店という専門店も、ホームセンターに押されて随分減りましたね。
江戸東京たてもの園
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我家の店名は丸三だったので、丸ニは何となく親しみを
覚えたとかすかに思い出しました。
あちこちの博物館に寄贈されて余っている昔の家財道具を
ここに一杯並べたら昔の雰囲気が出るでしょうね。それでも
この陳列台は、うんその通りという感じです。
緑青と板壁のマッチング、この色の感じがまた良いですねw
奥の方に見えるホウキ、あれが重宝するんだよなぁ…
ここの店頭は私の記憶にも近い物がありまして、つい見とれてしまいました。
荒物屋さんとなると、店頭に物が溢れ、壁にはいろんなサイズのザルが掛かり、
またいろんな用途の様々な箒がかかっていたり立てかけてあったり、
鍋薬罐もよりどりみどりという感じでした。匙からスコップまで揃ってるし、
実用品ばかりなのに子供にもワンダーランドでしたよね。
関東大震災の後で延焼防止効果があるということで、大正末期から昭和初期に流行したそうです。
でも、これって新築時にはキンキンきらきらでさぞや眩しかったことでしょうね・笑
まだこんな感じのお店に出くわしたりします。
もうそろそろ築90年程になろうかという家屋なので、見られるのはもう暫くですね。
これの新築時の赤銅色のきんきらきんの眩しい時代も見てみたい気がしますが・笑
これが子供の頃当たり前ですから商品展示に工夫が必要です。
まぁ今は無理でしょうね。
とにかく通路は一人ギリギリ通れるくらい狭いのが当地でも定番でしたよ。
当時のアイテムを集めきれないというのもあるでしょうが、
こういう展示場では観覧者が大勢見られるように通路を確保し、
建物や展示物に障害が出ないようにしないといけませんから、
展示物を間引くしか手の打ち所はないでしょうね。