一里塚|シャシンとカメラのお板
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一心寺
四天王寺を西門から辞して、今日はこれから恵美須町方面に向かいます。
四天王寺は上町台地の南端に位置しますので、南、東、西の三方には急に下ってゆく地の利になります。

西に向かって国道25号線の下り坂を少し歩きますと、下った先の方に通天閣が見えてきます。
左手にチラリと見えるこんもりしたところは茶臼山になります。
大坂冬の陣、夏の陣で徳川・真田が陣取りで攻防を繰り広げた古戦場でもあります。
一心寺#1

その茶臼山の北端に一心寺というお寺があります。
一心寺は四天王寺と遜色ない古さを誇る名刹ですが、
途中廃寺再興を経て、現在は浄土宗のお寺として栄えています。
一心寺#2

一心寺と言ってピンとこなくても、人骨像のお寺と言えば「ああ・・・」と頷く方も多いでしょう。
山門とも言うべき所には人骨で造った仁王像が睨みを効かせておりまして、訪れる人の度肝を抜きます。
一心寺#3

一心寺#4

内部は一般的な参詣客の多い境内という感じで、さほど違和感を持ちません。
この日も善男善女が思い思いにお参りをされていました。
一心寺#5

一心寺#6

実はここには八代目市川團十郎の墓があるのですが、意外と知られていないようです。
大坂夏の陣の戦いで最前線に立ち、討ち死にした本多忠朝の墓所もあるんですよ。
徳川家康の本陣がここに置かれたこともあり、後に一心寺を厚く庇護したということです。
一心寺#7

休憩所にある灰皿は、こんな格好をしていました。
やっぱりちょっと変わっているかも知れませんね・笑
一心寺#8

この一心寺も浄土宗というものの、宗旨に関係なく参詣や納骨を受け入れる寺であります。
全国から多くの納骨が集まりますので、江戸時代末期に遺骨数万体を集めて
最初の大きな骨仏(阿弥陀仏)を作り、明治時代晩期からは10年ごとに集まった納骨で骨仏を作っています。


SONY α700 / SIGMA AF ZOOM 18-125mm F3.5-5.6 D DC


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コメント
この記事へのコメント
α が地味な写りをしていますね。
もっとカラフルかと思ったのですが
シグマのせいですか・・・
それともホワイトバランスですか・・・

 何れにしても α らしくない写りですね。

 ところで人骨で作ったというのは???
2013/03/22(金) 20:21:41 | URL | higemajin #-[ 編集]
higemajinさん、αの写りは明るく華やかという印象があるかと思いますが、
デジ絵になりますと、鮮やかが勝ちすぎて重みに欠ける印象になりがちです。
この日は曇天の場面が多かったのですが、WBを敢えて太陽光に固定し、
ベースの露光量を-0.5固定にして撮りました。
シグマのレンズの淡泊さとの合わせ技で、落ち着いた色調にまとめろようにしたんです。
ソニーが本気レンズにツアイスを組み合わせたというのも、分かる気がします。
ツアイスのレンズは画面全体にごくごく薄い墨を引いたような描写ですので、落ち着くんでしょう。
ところで、人骨は、勿論文字どおり人骨でして、人骨を石膏のように溶いて造形し、固めたものです。
2013/03/22(金) 22:37:02 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
おどろおどろしい人骨像はともかく、茶臼山の
今ですか、まさに古戦場に立つ寺なのですね。
2013/03/22(金) 23:16:15 | URL | kan #mQop/nM.[ 編集]
kanさん、一心寺は人骨仁王ばかり取り上げられますが、ちゃんとしたマジメなお寺なんですよ。
元々この地に創建されたお寺があったのですが、大坂の陣で家康が本陣を置いたところから注目され、
家康の加護を受けて不動の発展を遂げたようです。この地に経ちますと、地の利の良さが実感できます。
2013/03/23(土) 09:45:40 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
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