一里塚|シャシンとカメラのお板
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山里の墓
ここ下影の棚田を囲むようにある集落の一段高いところ、
東を正面に見る小高い斜面にこの集落のお墓がありました。
朝日を真っ先に仰ぎ、集落全体を見下ろすこの地の一番いい場所がお墓になっていました。

(1) 山里の墓#1

この墓地から見下ろすとあの家々がこんな感じに眺められます。
ここに見える大屋根のお宅は元々萱葺屋根だったことが分かります。

(2) 山里の墓#2

祖父の代までの私の郷もこういう山間地で林業と畑作で10戸くらいの集落でしたが、
墓はこういう集落を見渡せる高台に作っていました。
昔は土葬だったので座棺を埋めた場所に目印の石を置き、木の卒塔婆を建てていました。
石が沈み、卒塔婆が朽ちるとその墓はなかったことになり、自然に帰ります。
昭和以降火葬が義務化されてから墓石を建てて墓を作りお骨を納めるようになりましたが、
その墓石を建てている墓場は、やはり昔墓を作った高台になっています。


MINOLTA DYNAX 3L / MINOLTA AF ZOOM 24-105mm F3.5-4.5D / NEOPAN 400 PRESTO ND-76 1:1 23℃ 8分


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テーマ:ある日の風景や景色 - ジャンル:写真

コメント
この記事へのコメント
難しいことは、分かりませんが、日と里はなれた
山の上の墓地って良いですね・・
参る方は、大変でしょうが
2009/10/12(月) 19:25:08 | URL | nonakadesu #-[ 編集]
nonakaさん、昔は山を越えて隣の山里に行くのは至難の業、
沢沿いに下った川沿いの郷との交流の方が簡単でした。
山里では隔離された集落として生活していましたので、
そこで生まれ育って死んだ人はその自分の山里が見える場所に祀りました。
そして山里の人々はいつでも先立った人を下から見上げて拝めました。
だから仏は一番日当たりが良く見晴らしのいいところに埋葬しました。
2009/10/12(月) 19:49:42 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
高台に先祖を祀るということは、営々と築いてきた農地棚田を共に守るということなのでしょうか。
農は命の源なんですね。
2009/10/12(月) 21:03:49 | URL | maimai #/.OuxNPQ[ 編集]
maimaiさん、多分神棚を上に置いて拝んだり、座って仏壇を拝んだり、
自分より上に置いて尊敬の意を示すことに通じると思います。
合わせて子孫が立派に棚田を守っているのを見届けて欲しいという思いじゃないでしょうかね。
2009/10/12(月) 21:21:09 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
そういえば母方の実家のお墓は漬物石より少し大きい石があるだけでした。誰が誰やら叔母も?
こっちは官給の墓地です、それでも一応高台か。
2009/10/12(月) 21:22:51 | URL | forester #2ukxmIo6[ 編集]
foresterさん、石の他に卒塔婆をたてませんでしたか?
卒塔婆が土に帰ればその墓は無いものとされ、この世に何も残さず成仏、
そういう風に聞いていましたけどね。だから墓は「無い」の。
墓石を建てて先祖代々の墓なんて恒久的に置きだしたのは
一般人にとってはつい最近のことだと思いますよ。
2009/10/12(月) 21:41:32 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
私の家の墓には元禄から全てあります。地方に
よって習慣が異なるのではないでしょうか。

それにしても、良いロケーションにある墓地ですね。
2009/10/12(月) 23:40:02 | URL | kan #mQop/nM.[ 編集]
ご先祖様、どうか見守ってくださいね・・ということなんだと思います。
 お寺の境内に墓地がある・・と私も子供の頃にはそう思っていましたが、お堂も無い、田圃の真ん中に墓地だけあったり、庭先に墓石が立っている家もありますね(会津地方)
2009/10/13(火) 00:16:35 | URL | 亜哉 #6Rfj3HqM[ 編集]
kanさん、これには地域による習俗や宗教、それに人の流動性で大きく違うと思います。
人の移動が少なくずっとその地に根付いている人たちが多ければ永代の墓を持つ、
そんな習慣も生まれるでしょうし、墓を設けるだけの変わらぬ土地があるというのも、
そして墓を守る資力があるというのも条件に当てはまるでしょう。
肥沃な平地で農耕を営む、地産の製販一体の商売を営むなどでは可能でしょうが、
小作人や江戸期以前の侍、行商人、現場を渡る職人、雇われ人では難しいですね。
2009/10/13(火) 08:42:06 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
亜哉さん、歴史に名を残す者でもなければ祀るのは記憶にある範囲の先祖、
それで充分なんじゃないでしょうかね。それ以上になると子々孫々に負担をかけます。
亜哉さんが記憶されている会津地方の感じと私の郷の感じは似てますね。
山間の寒村ではいかな祖先であろうとはっきり言って面倒は見切れません。
伝承で敬うくらいが関の山かなと思います。少し余裕があれば高野山へ移し・笑
ですから、「あの人」と分かる故人をお互いに見えるところで上座に祀る、
そういうことにしたんだと思いますけどね。
2009/10/13(火) 08:48:36 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
たかさきさんのお宅も、こういう見晴らしの良いところにお墓がありました。
私の家も、同じですね。
うちも山奥なので、道の整備だけでも市の財政を圧迫しそうで、今後どうなっていくのかちょっと心配です。
2009/10/13(火) 09:48:23 | URL | サムスル #8f0QfD5U[ 編集]
サムスルさん、山間部が郷ってところでは今は大体こんな感じですね。
私宅では父親が近所に墓を建てると言ったときに空ではということで
郷の祖父祖母を納めようとしましたが、祖父の墓は全く知れず、
祖母の墓は大体このあたりと知っていた郷の人に教えてもらい
そこの小石を拾って骨壺に入れて墓に納めました。その時に本籍も現住地に移しました。
2009/10/13(火) 10:05:34 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
MADAMさん、こんにちは。
こちらの人達は皆さんきっと足腰が丈夫でしょうね!
自分の家から毎日ご先祖様のお墓が目に入るというのは、都会と比べて珍しい風景です。
2009/10/13(火) 11:21:56 | URL | foka #90LdKUd6[ 編集]
fokaさん、ここで生活されてますと否応なしに逞しくなりますね・笑
私なんか棚田の下まで降りて、このお墓まで登ってきただけで息が上がりました・涙
比較的こんな山村になじんでいたので、見上げたところに墓があるってのは
当たり前の景色だと思ってましたよ。立派な墓石まであるとは思わんかったけど・汗
2009/10/13(火) 11:36:53 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
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