一里塚|シャシンとカメラのお板
日々撮りためた写真やお気に入りのカメラ、プチ薀蓄などをご紹介しています
202012 12345678910111213141516171819202122232425262728293031>> 202102
向日神社
旧西国街道に入り、アストロ通りを暫く北に進みますと、左手に向日神社の参道口があります。
向日神社は桂川から西へ広がり長岡京へとなだらかに登る丘陵地を越えた更に西、
丘陵地の上を通る西国街道沿いの向日山に本殿を戴く位置にあります。
向日山から西へは一旦下がって桂川の支流である小畑川沿いに広がる低地になり、
京の西山から丹波に続く山地へ一気に上る地形となります。

(1) 向日神社#1

昨日ご紹介しました参道は長さが約200mあり、ま東からま西へ、向日山に向かって緩やかに登ります。

(2) 向日神社#2

参道は緑濃い古い木立に挟まれていまして、この季節はむせかえるような新緑に覆われます。
参道の左側(南側)には小学校があり、北側は元々竹林、今は向日町競輪場に続く住宅街です。
現在は一部が勝山緑地として整備され、市民の憩いの場、幼稚園の遠足コースとして親しまれています。

参道をやっこらせと抜けますと向日神社の立派な舞楽殿が正面に見えてきます。

(3) 向日神社#3

舞楽殿は見てのとおり相当な規模がありまして、ここで神楽舞などが奉納されます。

(4) 向日神社#4

私が訪れた翌日には篝狂言(かがりきょうげん)が行われることになっていました。
京都の壬生寺で行われる「薪能(たきぎのう)」のイメージで見ていただければ分かりやすいかな。

(5) 向日神社#5

舞楽殿の更に奥にはこれまた立派な本殿があります。
現在の本殿は応永2年(1418年)に建造されたもので、
室町時代の流れ造り様式の代表的な建築物として、重要文化財に指定されています。
また、明治神宮の本殿は向日神社をモデルにして造られました。

(6) 向日神社#6

向日神社は延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記載された式内社であり、
山城国乙訓郡向神社(むこうじんじゃ)と記録されたのが正史として残る最古のもののようです。
延喜式神名帳は延長5年(927年)にまとめられたことになっていますので、伝承も含めると、
向日神社の起源はそれよりずっと以前ということになります。後に火雷神社(ほのいかづちじんじゃ)も併祭し、
その後、建治元年(1275年)にほぼ現在のレイアウトとなり、向日神社として今日に至っています。

元々の本殿は江戸時代後期までは現在の本殿の更に奥にあったようで、
現在の本殿は拝殿であった模様です。狛犬は現在の本殿にへばりつくように立っています。
この狛犬の台座には天保15年(1844年)に奉納されたと刻印されていました。

(7) 向日神社#7

良縁、子宝に関する御利益が名高いようで、境内の大榎の下にはおみくじがいっぱい結んでありました。
奉納絵馬にも宮詣りでの健康祈願や良縁成就を願うものがたくさんありました。

(8) 向日神社#8

(9) 向日神社#9

向日山は、弥生時代から乙訓(おとくに、現在も残るこの地域の古称)のシンボル的存在であったようです。
向日神社の創建も京都盆地最古の3世紀に作られた元稲荷古墳に習ってここを神域としたらしく、
向日神社の氏子圏は向日市だけに留まらず、長岡京市や西京区の一部まで広く含んでいます。

祭神の火雷神(ほのいかづちのかみ)は、上賀茂神社の祭神別雷神(わけいかづちのかみ)の親神様であり、
この神様をお祀りしていた「かも」一族が、この地(井ノ内)から上賀茂に移り住んだものと伝わっていますので、
平安遷都前に造営された上賀茂神社のルーツはここにあるようです。


FUJIFILM Finepix S5 Pro / SIGMA AF ZOOM 18-125mm F3.8-5.6 DC OS HSM、Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4


関連記事

テーマ:お散歩写真 - ジャンル:写真

コメント
この記事へのコメント
↓CG1000は推測するにコントロールグリップと思います。使い方が全く判りません。その為にα買うのもなんだかなー。
向日は歴史に名を残してるんですね!奈良と京都の狭間?なのでいいのか?
2010/05/22(土) 20:38:27 | URL | forester #2ukxmIo6[ 編集]
7・・巧いなぁ~本当にそう思います。
キッチリ見せて伝える巧さって凄いな・・
2010/05/22(土) 23:35:27 | URL | nonakadesu #-[ 編集]
由緒も歴史もある立派な神社なんですね。さすが古都の
歴史の深さであります。
2010/05/23(日) 00:28:40 | URL | kan #mQop/nM.[ 編集]
foresterさん、昔は一時ストロボシステムに凝ったことがありましたが、
結局凝ったところでスタジオシステムのような装備が不自然さは消せない、
ならば記録として必要なときだけに使おうという風にしましたので、
簡便に一発ポン、それだけにしました。だから機材は揃えないことにしました。
ご厚意はありがたいのですが、宝の持ち腐れになりますので、
補助光関連はご遠慮させていただきます。

向日というか長岡京はわずか十年の、しかも未完の都でしたので、
世間から大した関心も得られず、史実としても大きな価値を持ちませんので、
知る人ぞ知る謎の多い世界、それでいいのかなと思います。
2010/05/23(日) 09:49:33 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
nonakaさん、この狛犬は江戸時代に奉納された大きくて立派なものですが、
本殿にへばりつくようにおかれて向かい合ってるのが不思議な感じがして、
その雰囲気を記録したくてついつい撮ってしまいました・笑
2010/05/23(日) 09:52:37 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
kanさん、実はこの日この時までこれだけのものとは全く知りませんでした。
参道入り口にあった由来書きを読んで、アラそうなの、ってびっくり。
入って見て、これは大したものだ、と確認した次第です。
長く住んでいるところでも見逃しているものって多いですね。
2010/05/23(日) 09:57:39 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
nonakadesuさんもコメされてますが、(7)に眼が留まりました。
屋根の下に居るみたいなのは、本殿すぐ近くだからなんですね、素晴らしい作品です。
向日神社の本殿は、どこかで観たことがあるような・・こういう様式が一般的なのかなと思いましたが、明治神宮の本殿は向日神社をモデルにして造られたんですか。
ちょっと前に明治神宮に行きました。
2010/05/23(日) 14:50:10 | URL | maimai #/.OuxNPQ[ 編集]
maimaiさん、この狛犬は本殿の賽銭箱に睨みをきかせているような、
そんな面白い雰囲気でしたので、それが分かるようにアングルを決めて撮りました。
大社造りから世代の変わった古い神社の重厚な造りの原形がここのようです。
私も詳しいことは知りませんでしたが、それくらい値打ちのあるもののようです。
実は明治神宮の本殿は殆ど覚えていないのですが、へ~な話でありました・汗
2010/05/23(日) 16:12:28 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
 いまでこそ、記録媒体がいろいろあるから良いのですが、1200年前だと紙ですよね・・戦乱や雷火で焼けると記録そのものがなくなっちゃうから悲惨です・・縁起の正統な証明が紙だったんだもんね~
 唐門すごいなぁ・・圧巻ですね。薪能っていつか撮りたいと思うんですが、お値段も・・汗
2010/05/23(日) 16:31:10 | URL | 亜哉 #6Rfj3HqM[ 編集]
亜哉さん、史実の真偽確認って大変ですよねぇ、何たって数少ない書物、
それも原本写本合わせても数はたかがしれてますから、記載漏れも多いし。
ここは伝承ベースではどうやら3世紀頃にはある種の神域扱いになっていたようです。
平城京の頃には既にこのあたり一帯は渡来系の秦氏や加茂氏が大きな荘園を構えていたようです。
平安遷都についても彼らが先遣隊として大きな力を発揮したようです。
私も初めて入りましたが、参道を抜けた途端に現れた世界には思わず息を飲みました。
これはただモノでない、そんじょそこらのポッと出とは違うぞ、という威厳を感じました。
ここの篝狂言は壬生寺の薪能あたりに比べるとずっとリーズナブルで見やすいと思います。
アタシは昔、別ん所でチラ見して退屈なのでイイやと思いましたが、いまなら、
そしてここなら撮影挑戦してみたいな、なんてことは感じました。
2010/05/23(日) 16:50:24 | URL | 管理人[MADAM] #.Q7UDCiU[ 編集]
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.